月別アーカイブ: 2017年7月

エックハルト・トールのDVD、どれがいいか

この1ヶ月、毎日のように、エックハルト・トールのDVDを見ていました。

ニュー・アースシリーズの講演DVDは3本あるので、どれがいいかなと思い、Amazonの口コミを見て迷って買いましたが、結局3本とも買いました(一度にではなくて一本ずつ)。今も1本を繰り返して見て、飽きてきたら違うのに替えて見る、ということの繰り返しです。

「どれがいいか」というタイトルにしてみましたが、結論から言うと、どれでもいいです(笑)

一本だけ見るのもいいし、全部見てもいい。順序もどうでもいいと思います。あ、ただ、たしかにDVD発売元が意図した順序は「易→難」となっている気がします。なので素直な人は、「青→緑→黄色」の順に見るといいでしょう。私はまったく反対から見ました(笑)。

どれが特別いいということはなくて、ペンキを塗り重ねるみたいな感じで同じことについて話しています。だから飽きて変えたところでメッセージは同じです。でも、3本が3本とも、おもしろいです。

一応、

青が「幻想としての時間」
エックハルト・トール/イリュージョン 幻想としての時間 (ニュー・アース・シリーズ) [DVD]

緑が「今、ここに目覚める」
エックハルト・トール/アウェイクニング 今、ここに目覚める(ニュー・アース・シリーズ) [DVD]

黄色が「人生の目的」
エックハルト・トール/エンライトメント 人生の目的(ニュー・アース・シリーズ) [DVD]

となっていて、確かにそこが重点的に語られていたななーと思います。で、「易しい→難しい」というのは、「時間は幻想だよ」→「つまり今しかないんだよ」→「そんで今していることが人生の目的だよ」という話の流れからしても、スムーズです。うん、やっぱり順序よく見たほうがいい(笑)でもエックハルトもDVDのなかで、「講演のタイトルは5分前に聞く、話すことは同じだから」と言ってました。

エックハルトの動画はありがたいことに、翻訳された5〜10分程度のものがyoutubeでたくさん見られます。私もかなり長い間、VastStillnessにアップされる動画を見てきました。でも今回、90分のDVDを買って見て本当によかったな〜と思います。5分の動画とは全然違います。5分の動画では実はもやもやが残っていたことに気づきます。わかったような顔をしていたんだな…ということに気づきます。ちなみにこのDVDもVastStillness平山由紀子さんが翻訳してくださっています。感謝。

内容は本で書かれていることとも同じです。まったく同じといってもいいくらい。でもやっぱり全然違います。たとえるなら、スタジオ録音された音楽CDとライブDVDの違いみたいなものです。情報の質と量が違うから、楽しさが違うというか。そうすると理解できることが違います。

そうなるとライブそのものである講演に行くとまた違うんだろうな〜と思いつつ、英語がわからないので行かずに済む…とかいう思考が湧いてきます(笑)。

スピ本をこれだけ買っててもスピDVDを買うという経験はありませんでした。ただそれだけのことでなんとなく見ずに来ましたが、エックハルトの本が好きな人にはすごくおすすめです。

内容についてはまた気が向いたら。


 

「人生の目的」とはなにか

エックハルト・トールの「ニュー・アース」の日本語版の副題は、「意識が変わる、世界が変わる」だけれど、英語版は ”Awakening to your life’s purpose” だ。「人生の目的に気づくこと」という感じだろうか。

DVD「エンライトメント 〜人生の目的〜」も、副題は(こちらは大きく変えずに翻訳されていて)、”Finding Your Life’s Purpose” だ。そもそもこのDVDは「ニュー・アースシリーズ・DVD」の三作目で、そこにも「目的」という言葉がキーワードとして挙げられているということになる。

今していることをすること

DVDのなかで、「あなたの人生に時間が存在しないとしたら目的は何になるのか」とエックハルトは問う。彼は自分で答える。「第一の目的は、今していることをすることだ」と。講演の観客の第一の目的は、「この椅子に座って話を聴くこと」。このブログを読んでいる人ならば、スマホかPCのモニタを見つめて、このブログを読むことになるだろう。とてもシンプルだ。そう、ここで語られるメッセージは本当にシンプルなことなのだ。私たちの人生の目的は、今していることをすることだというのだから。

エックハルトが言い換えるには、それは、
「100%いまここに在ること」
「今この瞬間と内面的にひとつになること」
「あなたが今どこにいようと、そこがあなたのいるべきところだと理解すること」
「あなたが「今ここ」で何をしていようとやることになっていたことだと理解すること」
「あるがままの今と調和して生きること」
でもある。

「そうすれば、あなたのすることは何一つとして、目的のための手段となることはなくなる」

「地獄への道」を行くのではなく

 

「地獄への道は善意で塗り固められている」とは、エックハルトによれば善なる意志が破壊をもたらすことを意味している。「目的」はふつう、未来に達成して今より豊かに、幸せになろうという善なる意志に基づいている。それが今を否定し、いらいらを生み、不幸の原因になるとは驚きだが、日々を振り返ってみればまさしく真実だとわかる。

さて、そこで質問すべきは、「なぜ私は第一の目的を生きてこなかったのか?」ではない、とエックハルトはいう。そうではなくて、「私は今、第一の目的を生きているだろうか?」であるべきだという。

自分自身でいること

哀川翔の奥さんが「笑ってこらえて」に出ていて、若い女の子に恋愛指南として、「一人でいるときと同じ自分でいられる人がいい」というようなことを言っていた。自然体でいられる人、ということだろう。それはとても大切なことだ。

でも、その前にもっと大事なことがあって、それは自分でいることだ。一人でいるときに苦しければ、ふたりでいても苦しい。感情は鏡に映って、増幅していくだけだ。そして苦しいとしたら、それは自分自身でいないように「がんばって」いるのだと思う。

自分自身でいることが大事なのはわかる。でも、それってどうすればいいのだろうか。

「ありのままの自分でいるためにはどうすればいいのでしょうか」という問いに含まれる矛盾をエックハルト・トールが指摘していた。「ありのままの自分」は、どうにかしてなるものではない。それから「自分とは誰か、わからなくなりました」という困惑には祝福を送るともいう。

自分というものが、どこかに、いつか、くっきりとした輪郭を表すということはない。それは過去にも、未来にも、どこにもない。「今ここ」というのは、あまりにも使い古されてしまったフレーズだけれど、やはり「今ここ」なのだ。思考はいつも過去をネタに未来をでっち上げて、それを自分、自分と思い込んでいる。一方、自分はいつも今ここに存在している。