月別アーカイブ: 2018年9月

生の緊張からの解放 | 映画「アバウト・タイム」

最近見た映画について投稿しているのは、これが書きたかったからだ。でもなんとなく順を追って書いた。

それが「アバウト・タイム」という映画。

これが、映画としてはどうも散漫な部類に入るんじゃないかなーと思うけれど、すごくいい映画だ。書かれている内容がいい。ためになる。映画というのは、本来そういうものではない(ためになるとかじゃない)という固定観念があるけどまあそれは偏見というか、映画がためになってもいい(笑)。

注意:この先は全部書いちゃうので、聞かずに見たい人は見てください。アマゾンプライムビデオでも見れます。

普通に生きてる(普通でもないけど)冴えない青年が、実は過去にタイムスリップする遺伝的能力があると知る。で、ちょっとしたヘマなどを修正して、なんやかんやして、運命の人に出会い、恋をして、家族を持ち、というような話。ここまではまあ、ファンタジーをはらんだいい話で、最終的に、この能力の秘訣みたいなことが語られ、それがとてもいい。

どういうことかというと、平凡な一日が終わる時にもう一度その日の始まりに戻って、やりなおす。そうすると、緊張がとれて、なんでもない一日をすごくよく味わえるよ、という。一度目はへとへとで疲れ果てた一日だったのに、二回目には同僚を気遣って冗談を言えたり、コンビニの店員の顔を見て「ありがとう」と言えたり、建物の内装の美しさに気づいたりする。で、最後には、あーいい一日だったなーとなる。

そうして、もう過去に戻らなくても、未来から来てこの瞬間を味わっていると思って今日を生きることができるようになったよ、という話。

生の緊張からの解放。おお。気づきにくつろぐ? おお。

 

妙に静かで整った印象が残る | 映画「殺人の追憶」

ほんとはパク・チャヌクを見ないとなーと思いながらなんか見れなくて(多分ジャケットが怖いせい)、なぜかポン・ジュノのこれを見た。

連続殺人とその捜査の執念を描いた、まあひどい話だ。なんだけども妙に、きれいというか、きれいなものは何も映らないんだけど、妙に静かで整った印象が残る。どうなんだろうか。見ている気分の問題だろうか。悲惨なシーンもそれほど目をそむけたくはならなかった。恐怖や憤りを煽るようには描いていないんだと思う。描いている内容に対して、目線がものすごく知的でフラットに思える。

映画で扱われる事件は知りたくもないし、知ってどうなるということもないんだけど、映画としてよくできているので、結局、何日かして残っているのはいい映画だったなという印象になる。終わり方がとてもうまいし、もうひとりの刑事がどうなったのかも描かれないのも余韻を残して秀逸だ。あと拷問するどうしようもない暴力的な刑事が、憎めないしかわいそうになるように描かれているのもすごい。

概念を失くしても残る愛 | 映画「アリスのままで」

最近何本か映画を見た。最初に見たのはテレビをつけたら始まったばかりだった「アリスのままで」で、若年性のアルツハイマーになる言語学者の話だ。

まずジュリアン・ムーアの芝居がうまくてハハハと笑ってしまった。それとクリスティン・スチュワートが過剰にギラギラしていた。

若年性アルツハイマーの症状や介護のひどいところはそんなに描かれていないんだと思う。映画としてきれいに見せている。だからまあきれいに描きすぎというのはあるけど、ああ、そっか、という感じ。言語学者が言葉を失っていく。概念を失う。でも、概念を失っても残るものがある。たとえば「この人は自分の娘だ」という認識がなくても、素晴らしい芝居だと感動し、それを伝えることができる。それで周囲はショックを受けたりするけど、本当はみんな、それが欲しいんでしょう。概念を全部失くしても残る愛が。それをジュリアン・ムーアがキラキラとまばゆいばかりに披露しています。

こないだ朝丘雪路の娘さんがテレビで、いつも忙しい母だったけど最後に時間を過ごすことができてよかったと結構晴れ晴れした顔で語っているのを見た。朝丘雪路は最後の五年間アルツハイマー型認知症を患っていたという。そのときは、そんなもんかねと思ったけれど、この映画を見て、ああ、よかったんだなと思った。