月別アーカイブ: 2018年11月

現代芸術:ミラクルひかるによる宇多田ヒカルの「初恋」

ミラクルひかるのものまねはお笑いじゃないし、名人芸に感動とかでもなく、なんといったらいいのかわからない。奇跡的に大衆化された現代芸術とでもいえばいいのか? 類似の経験を探してデヴィッド・リンチの映画のワンシーンに驚かされて「ふざけんな!」と思いながら爆笑するような感覚を思い出したけれど、もっとなんていうか直接的で強度があり、これを見たときは一日中笑いが止まらなかった。


どうかしてる一個の精神に対する尊敬の念に包まれる。そして涙が出る。うまくて感動するというよりも、意味のわからない求道者の姿に圧倒されて。宇多田ヒカル本人の「初恋」より表現に混じりけがないのはどういうことなんだ。意味がわからない。

ものまねをする人は、される人(本家)に対して深い敬愛の念と同時に、悪意すれすれの冷徹な眼差しを持たなければならない。前者がなければ歌が死ぬし、後者がなければ少しもおもしろくない。ミラクルひかるは、おそろしいくらい冷たい眼差しを宇多田ヒカルに向けると同時に、彼女のすさまじいまでの理解者でもあるんじゃないかと思う。こんなふうにまねされて宇多田ヒカルはどう感じているんだろうか。聞きたくない。

審査員のこじるりが感動して泣いてるんだけど、こんなん泣くものじゃなくて、爆笑に次ぐ爆笑で、よくみんな静かに聴いてんなと思った。ほんとに一日中笑いが止まらなくて、友だちや家族に次々に教えたけど、誰も爆笑はしなくて「すごくうまいけど、なんでそんなに爆笑するのかわからない」という反応だったので結構孤独を感じて翌日は落ち込んだ。そしたらミラクルひかるの孤独はどうなんだろうと思ったけど、深く考えないことにした。