愛するということはだいぶ狂気に似ているということがわかる素晴らしいドラマ。(「愛するということ」(’93))

「スーパーサラリーマン左江内氏」のキョンキョンの無駄遣いについて書いたら、いつのまにか93年のドラマ「愛するということ」を見ることになり、見始めたら止まらず、最後まで見続けて回によっては繰り返し見た。

このドラマ、中学時代にはまって見ていた。結局人間の精神性は変わらないのだろうか。
ドラマの主題歌である小泉今日子の「優しい雨」と、同時期に発売された工藤静香の「慟哭」のどちらを買おうか、当時真剣に迷ったのを覚えている。結局「慟哭」を買った。(おい)

だいたいのストーリー

(以下、役名ではなく役者名で書きます。)
緒形直人が小泉今日子に一目惚れして追いかけ回し、一日目でプロポーズする。小泉今日子は婚約者もおり、ものすごく迷惑だったがそのあまりにまっすぐな思いや誠実さやらに触れて徐々に惹かれていき、なんと8日で両思いとなる……のだがしかし!!

 

という話。二人が出会ってからの10日と、1年後を書いている。よくもまあ、11話をこれだけシンプルなストーリーで乗り切ったなあと思う。ほとんど二人の心の揺れだけを描いて、それでいてすごく見ごたえがある。

周りの人が言うセリフや出来事は全部、二人が置かれた状況に対するヒントとして存在する。でもわざとらしくない。きっちりと計算された脚本で、ああ、プロの仕事だなあと思う。昔のTBSドラマの落ち着いた職人の仕事という感じだ。

「愛するということ」はストーカードラマか

このドラマは今なら確実にストーカー事案だとよく言われる。まあそうだろう。一目惚れして、好きだ好きだと追いかけて、家までついていく。一応同じビルに勤める素性のはっきりした人とはいえ、「話聞いてくれ、気持ち聞かせてくれ、話したいんだ」と自分の思いをひたすらぶつけられたら怖い。「警察呼ぶわよ!」そう言いながらキョンキョンは徐々に惹かれていく。惹かれていく要素はちゃんとある。クレイジーなまでにまっすぐ愛情をぶつけてくるが、それ以外のところでは優しかったり、誠実だったりして、傷つけるようなこともしない。小泉今日子の親に殴られたりしてもちゃんとこらえるし、他の人に対してもとても誠実だと感じさせる。

ただいまだとこのままのキャラでは作らないだろう。少なくとも地上波の連ドラでは。もう少し常識人にしてしまうと思う。あるいは過剰な善人とか馬鹿っぽいキャラにしてしまうかもしれない。

出会って一日目で「ちゃんと話聞いてくれよ」と家までついていった緒形直人が、行きがかり上お父さんとお酒を飲んだ帰りに(この光景を目の当たりにしてぎょっとするキョンキョンの演技が素晴らしい)、深夜の小学校のグラウンドに幸せそうに仰向けになっている。ハンカチを返そうと追いかけてきたキョンキョンに、
「君が通ってた小学校だろう。君は僕が思ってたとおりの人だった」
とキラキラした目でいうのはすごく怖い。怖いけどこれを消すとキャラとして全然おもしろくない。
(その前にキョンキョンが壊れたフェンスでブラウスの肩のところを破いてしまうのだけど、キョンキョンの心に穴が空いてスキができるといった、脚本のベタな示唆がいい。)
緒形直人は本当にピュアにこういうことを言う。
「思い出してたんだ。(子供の頃の)君がボールを取りに池に飛び込んだって話(←お父さんから聞かされた)。僕は26になって今日初めて飛び込んだんだ」

結局のところ、こういうまっすぐなピュアさを持って人を愛する人は、狂気じみた行為にも出るのであって、狂気じみた振る舞いだけをカットしたらリアリティは失われて平板になる。

ケータイがない時代

93年、普通のサラリーマンやOLはケータイを持っていなかった。ポケベルも出てこない。待ち合わせ場所でひたすら待つ。偶然会う、待ちつづけて会う(待ち合わせ場所や待ち伏せで)、そして終電を逃す。このドラマで二人がやっているのはこればっかり!

印象的なのは2話目で緒形直人が土砂降りの中待ち続けた日比谷シティ。

ところでなんとドラマを見ていた翌日に、日比谷シティを通りかかるといううれしい偶然が起こった。日比谷シティ全然変わってない。

 

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助演が素晴らしい

さてこのドラマは脇を固める役者陣も素晴らしい。

キョンキョンの父親役の橋爪功
緒形直人の上司役の角野卓造
キョンキョンの妹役の島崎和歌子

上の二人がうまいのはもちろんのこと、島崎和歌子がKYON2の妹というのもいまではちょっと飲み込めない事態がおこっているわけだが、これが見事。姉に対する態度がそっけないけど温かくもある、リアルな肉親感。初期の二時間ドラマか何かでとんでもない事故レベルの大根演技を見たことがあったので意外だった。わっこさんがこのあとドラマで活躍してないのが不思議なレベル。でもこの妹はだいたい居間でお菓子食べたり、父親に文句言ったりしているので、ほぼ素なのかも。

今みたいに脇を固める役者に(一般人からの)スポットライトが当たる時代ではなかったと思うが、角野卓造や橋爪功といった俳優が屋台骨として日本のドラマを支えてきたんだと感じる。ドラマ全体に深いコクとほのぼのした笑いを加えている。

最後に

運命という外在的な指標に頼っているふりをしているだけで、愛するということはそれが真であるかどうかは自己確信のみに依存するという意味で狂気にとてもよく似ている。「人を好きになるってことがどういうことかわかったの!」とキョンキョンは叫び、狂気の沼に足を踏み入れるかのようだ。あるいは「あなたに好きって言われたから好きになったわけじゃない」とキョンキョンは言う。誰かを愛するという物語の、すさまじい自己完結性。そして二人が踏み入ったのはまったく別の狂気じみた何かなのに、なぜか底でつながっているように感じさせる。

というわけで90年代前半の名作ドラマです。素晴らしい。

今日悟ったこと

島崎和歌子、名女優説。

 

名曲です。

優しい雨

優しい雨

優しい雨

優しい雨

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