投稿者「nemoto」のアーカイブ

現代芸術:ミラクルひかるによる宇多田ヒカルの「初恋」

ミラクルひかるのものまねはお笑いじゃないし、名人芸に感動とかでもなく、なんといったらいいのかわからない。奇跡的に大衆化された現代芸術とでもいえばいいのか? 類似の経験を探してデヴィッド・リンチの映画のワンシーンに驚かされて「ふざけんな!」と思いながら爆笑するような感覚を思い出したけれど、もっとなんていうか直接的で強度があり、これを見たときは一日中笑いが止まらなかった。


どうかしてる一個の精神に対する尊敬の念に包まれる。そして涙が出る。うまくて感動するというよりも、意味のわからない求道者の姿に圧倒されて。宇多田ヒカル本人の「初恋」より表現に混じりけがないのはどういうことなんだ。意味がわからない。

ものまねをする人は、される人(本家)に対して深い敬愛の念と同時に、悪意すれすれの冷徹な眼差しを持たなければならない。前者がなければ歌が死ぬし、後者がなければ少しもおもしろくない。ミラクルひかるは、おそろしいくらい冷たい眼差しを宇多田ヒカルに向けると同時に、彼女のすさまじいまでの理解者でもあるんじゃないかと思う。こんなふうにまねされて宇多田ヒカルはどう感じているんだろうか。聞きたくない。

審査員のこじるりが感動して泣いてるんだけど、こんなん泣くものじゃなくて、爆笑に次ぐ爆笑で、よくみんな静かに聴いてんなと思った。ほんとに一日中笑いが止まらなくて、友だちや家族に次々に教えたけど、誰も爆笑はしなくて「すごくうまいけど、なんでそんなに爆笑するのかわからない」という反応だったので結構孤独を感じて翌日は落ち込んだ。そしたらミラクルひかるの孤独はどうなんだろうと思ったけど、深く考えないことにした。

生の緊張からの解放 | 映画「アバウト・タイム」

最近見た映画について投稿しているのは、これが書きたかったからだ。でもなんとなく順を追って書いた。

それが「アバウト・タイム」という映画。

これが、映画としてはどうも散漫な部類に入るんじゃないかなーと思うけれど、すごくいい映画だ。書かれている内容がいい。ためになる。映画というのは、本来そういうものではない(ためになるとかじゃない)という固定観念があるけどまあそれは偏見というか、映画がためになってもいい(笑)。

注意:この先は全部書いちゃうので、聞かずに見たい人は見てください。アマゾンプライムビデオでも見れます。

普通に生きてる(普通でもないけど)冴えない青年が、実は過去にタイムスリップする遺伝的能力があると知る。で、ちょっとしたヘマなどを修正して、なんやかんやして、運命の人に出会い、恋をして、家族を持ち、というような話。ここまではまあ、ファンタジーをはらんだいい話で、最終的に、この能力の秘訣みたいなことが語られ、それがとてもいい。

どういうことかというと、平凡な一日が終わる時にもう一度その日の始まりに戻って、やりなおす。そうすると、緊張がとれて、なんでもない一日をすごくよく味わえるよ、という。一度目はへとへとで疲れ果てた一日だったのに、二回目には同僚を気遣って冗談を言えたり、コンビニの店員の顔を見て「ありがとう」と言えたり、建物の内装の美しさに気づいたりする。で、最後には、あーいい一日だったなーとなる。

そうして、もう過去に戻らなくても、未来から来てこの瞬間を味わっていると思って今日を生きることができるようになったよ、という話。

生の緊張からの解放。おお。気づきにくつろぐ? おお。

 

妙に静かで整った印象が残る | 映画「殺人の追憶」

ほんとはパク・チャヌクを見ないとなーと思いながらなんか見れなくて(多分ジャケットが怖いせい)、なぜかポン・ジュノのこれを見た。

連続殺人とその捜査の執念を描いた、まあひどい話だ。なんだけども妙に、きれいというか、きれいなものは何も映らないんだけど、妙に静かで整った印象が残る。どうなんだろうか。見ている気分の問題だろうか。悲惨なシーンもそれほど目をそむけたくはならなかった。恐怖や憤りを煽るようには描いていないんだと思う。描いている内容に対して、目線がものすごく知的でフラットに思える。

映画で扱われる事件は知りたくもないし、知ってどうなるということもないんだけど、映画としてよくできているので、結局、何日かして残っているのはいい映画だったなという印象になる。終わり方がとてもうまいし、もうひとりの刑事がどうなったのかも描かれないのも余韻を残して秀逸だ。あと拷問するどうしようもない暴力的な刑事が、憎めないしかわいそうになるように描かれているのもすごい。

概念を失くしても残る愛 | 映画「アリスのままで」

最近何本か映画を見た。最初に見たのはテレビをつけたら始まったばかりだった「アリスのままで」で、若年性のアルツハイマーになる言語学者の話だ。

まずジュリアン・ムーアの芝居がうまくてハハハと笑ってしまった。それとクリスティン・スチュワートが過剰にギラギラしていた。

若年性アルツハイマーの症状や介護のひどいところはそんなに描かれていないんだと思う。映画としてきれいに見せている。だからまあきれいに描きすぎというのはあるけど、ああ、そっか、という感じ。言語学者が言葉を失っていく。概念を失う。でも、概念を失っても残るものがある。たとえば「この人は自分の娘だ」という認識がなくても、素晴らしい芝居だと感動し、それを伝えることができる。それで周囲はショックを受けたりするけど、本当はみんな、それが欲しいんでしょう。概念を全部失くしても残る愛が。それをジュリアン・ムーアがキラキラとまばゆいばかりに披露しています。

こないだ朝丘雪路の娘さんがテレビで、いつも忙しい母だったけど最後に時間を過ごすことができてよかったと結構晴れ晴れした顔で語っているのを見た。朝丘雪路は最後の五年間アルツハイマー型認知症を患っていたという。そのときは、そんなもんかねと思ったけれど、この映画を見て、ああ、よかったんだなと思った。

ユーフィーリングのことなど

この半年くらい、何冊かの非二元本をぐるぐると回転するように再読しているので、どれがどうというのではなくて、全体的にまったりじわじわ感じ入っているけれど、メソッド的なもので、「これは」というのがDr.キンズローの「ユーフィーリング」だ。

何年か前にものすごく落ち込んでいるときにすがるような思いで読んだ時には(笑)、全然わからなかった。というか、「これがそうなの? ほんとに? これがユーフィーリング?! どうなの?」という感じだったので、ユーフィーリングもクソもなかった。

こういうものは遊び半分というか、関連のウェブサイトとか紹介記事を読んで「なんかいいな〜、いい感じがするな〜」と思ったら、ちょっと読んでみる、やってみる、くらいがいいのかもしれない。

そういえば今思い出したけど再読のきっかけが他の本にあったような気がする。『なにが起こっても、「絶対幸せ」でいる法』かもしれない。この本もかなり好きだ。そのなかで、これってユーフィーリングじゃね? と思い出して、読み返したような気がする。全然違うかもしれない。

非二元本数珠つなぎみたいな現象があって、これってあれみたいだなと連想してそれを再読する場合もあれば、無関係に前に読めなかった本が突如本棚で輝き出す場合もある。本棚の本がなんか目に留まるというのは大事で、そういうのは手にとって読み返すようにしている。それでピンとこない、相変わらず読めない場合もある(普通)。

ユーフィーリングというのは詳しくは本を読めばわかるけれど、「本来的に備わっている心地よさ」みたいなもので、それによく触れて気づいていると、だんだん生きるのが楽になってくる。気楽になる。気楽になってそれからどうなるの、って思うかもしれないけど、気楽であることは本当に、思う以上にいいものだ。

たしかに最初のうちは「ユーフィーリングを感じる→ああ気持ちいい→日常に戻る→しんどい→ユーフィーリング(きもちいい)→日常(しんどい)→」って感じかもしれないけれど、続けていると日常にもきもちよさが浸透してきて、バスや電車で、驚くほどリラックスしてる自分に気づいたりする。

「安らぎは当たり前なんだ、邪魔しなければそこにあるんだ」というのは、そうと知るまでは「まさか」という事柄だし、知ってしまえば当たり前のことだ。(だからといって、24時間安らいでいるわけではなくて、よく邪魔している。)

日本語の本は4冊出ていて、なぜか全部持っているが、『瞬間ヒーリングの秘密』以外ならどれでもいいんじゃないかと思う(『瞬間…』はヒーリングの施術法中心だから)。いきなり『ユースティルネス』に行ってもちゃんとユーフィーリングのことも書いてある。どうせ、はまれば全部読みたくなるし、はまらなければ一冊で終わりだから心配することはない。

QEコミュニティ

 

『最強の食事』のことなど

食べたいものを食べたいだけ食べようと思って1、2ヶ月インスタントラーメンやアイスを好き放題食べて気が済んだので、食生活の改善に乗り出したのが去年の12月頃のことだ。

最初は肉・卵・チーズ中心の「MEC食」というのを始めたけれど、どうも体が重い感じがしてだめだった。そのあと『最強の食事』という本を読んで、食べ物に関する考え方はガラッと変わった。個人の体験をもとにしたマニアックな本だからこそ、影響力がすごい。

それから8ヶ月くらいになるけれど、完全無欠コーヒーを軸に、低糖質、高脂肪、高たんぱく、野菜多めの食生活を守っている。結局、何を摂らないかが重要で、それがわかれば食べられるものは自然と絞られる。

私が完全にやめたのは、

  • 小麦(グルテン)
  • 悪いアブラ(ファットスプレッド、ショートニング、マーガリン、サラダ油ほか

なるべく摂らないようにしているのは、

  • 砂糖、果糖を主原料とした製品
  • 乳製品(バターを除く)
  • 穀物類
  • フルーツ(果糖)

こんなことをしてどうなるかというと、まず精神状態がよくなる。肌もくすみがとれてきれいになる(腸の荒れが収まるのだろう)。そもそも私は小麦アレルギーだったようで、頭皮ニキビの原因もこれだったし、小麦を食べるとすぐに異様なほどイライラすることが、段階的にやめていくなかでわかった。なのでもう全然食べていない。

砂糖をやめると明らかにむくみがとれる。そして朝の目覚めがよくなる。これまで頭というか全身がしょっちゅうぼーっとしていたことに気づく。私たちが空腹感と思っているものはたいてい、空腹ではなくて低血糖状態だ。糖質で血糖値を急上昇させなければ、それも起こらない。本当の空腹感は、礼儀正しく栄養補給を要求するもので、闇雲に食品棚を漁ったりはしない。血糖値が安定すると精神的に安定し、血管も守られるというメリットもある。

だんだんと自分の体がリトマス試験紙のようになっていくのがわかり、変なものを食べるとすぐに反応がある。これまでいかに雑音のなかで暮らし、メッセージを無視してきたかということだ。ちなみにビタミン・ミネラル系のサプリも併せて摂っている。

そんなこと出来ない、食べるものがなくなる、と思うかもしれないけれど、これはやってみると全然辛くない。むしろ、みんななんでやらないんだろうと思えるくらい快適な食生活だ。(だからといって強く推奨するわけではないが)

 

 

iPad proを買った。

Apple Pencilが使えるようになったiPadを買おうかどうしようかずっと悩んでいたのに、店頭で描いてみたら、私の味わい深いイラストを描くにはProじゃなきゃ絶対だめじゃん、ということがはっきりしてしまった。

で、潔くiPad Pro(2017)10.5インチを買った。

悩んでいた予算の倍額が必要になったというのに、かえって思い切りがついたのは、うっすら迷っていたAndroid系に、iPad Proの競合がいないからかもしれない。

今日は買った翌日だからまだよくわからないけれど、なかなかおもしろい。Mac OS とはまったく違う発想で作られていると感じる。とはいえ、アプリケーションのわけのわからなさは共通していて、それはなんか悪化しているような気がする。

iOSってわけがわからない。昔iPhoneがもっと小さくて硬くて丈夫で重くて、落としたらむしろ床のタイルを割った頃(誇張)、私も使っていたけれど、わけがわからなかった。Androidにしてほっとした。だいたいここにあるだろうと見当をつけたところに物事が収まっているのがAndroidで、その意味でAndroidのほうが説明なしで使える。その点、APPLEは人心に反していて、奇妙な場所に物事が隠されている。すごく不自然で、異様な感じがする。(だからこそその異様さに気づかないITに不慣れな人たちが、そういうものだと思って忍耐強く使っているイメージ)

iTunesとか本当バグの塊って感じだし、iCloudとか共有系のわけのわからなさはなんなのか。何がどうなってどうなっとんや……と、立ち止まってひとつひとつ考えないといけない。説明なしにモダンなからくり屋敷に住まわされる感じ。そして涼しい顔をして随所でお金をむしり取ろうとしてくる。気づかぬうちに会計するわりに、サブスクリプション系はめっちゃ奥地にたどり着かないと登録解除させてくれないとか、ちょっとどうかと思うくらいだ。おしゃれな請求書に人は、こうも簡単にねじ伏せられてしまうのか…。

だから長年Macを使いながら、Macのアプリとはなるべく距離を置いて過ごしてきた。でも、なぜか最近、その異様さを受け入れる余裕ができてきた。Spotifyのほうがまともなのに、なぜかバグだらけのiMusicを使い続けているのはその予兆だった。

そういうわけで秋に新作の噂もあるiPad Proを今、勇気を持って買ったので、ちょっとこの異様さと向き合ってみようと思う。

 

ちなみにカバーはシリコンの背面のみ。いらないかと思ったけど、傷防止と背面がさらっとしてるので持つときの安定のためにもあったほうがいいかな。これでも重量が増してしまうのが残念。Apple Pencilで描くのがメインの目的なので、保護シートもそれ用を購入。Apple Pencilは硬くてツルツルしているのでペンのカバーも。まだ一日だけどいまのところ全部いい買い物をした気がする。しかし人にものを買わせる力がすごい、Apple。

 

 

エアロバイク生活

3月にエアロバイクを漕ぎ始めて、だいたい5ヶ月になる。だいたい30km、70分くらいかけて漕いでいる。毎日やろうと思っても自然と週2回くらいできなかったりやりたくなかったりする日があって、ちょうどいい感じで続いている。

最初は30km!! とか思っていたけれど、自転車、しかも室内のエアロバイクだと意外といける。エアロバイクは汗もかくし、血流もよくなるし、内臓脂肪も燃えて、すっきりしてきた感じはあるけれど、劇的な変化というほどにはなってない。まだ半年経っていないからかもしれない。でも、外を毎日5kmジョギングするほうが体は変わるんじゃないかな。

それでもエアロバイクが素晴らしいのは自室で有酸素運動ができるということで、どんな格好でもいいし、喉が乾いたら水を飲みに行けばいいし、途中でやめてもいいし、本も読めるしドラマも見れるし、なんだってありなのがいい。日焼けもしないし、クーラーの効いた部屋だし、一番続けやすい有酸素運動だと思う。

明らかに有酸素運動による脳の快楽物質の放出があって、結構楽しい。

運動、特に有酸素運動は脳にいいという話はよく聞くし、そういうことをこれでもかと書いた本をいくつか読んだけれど、本当だと思う。午前中に運動すると、もやもやした思考が減るのがわかる。

 

買ってから一年放置していたこのエアロバイク。結果的にものすごくいい買い物をしたことになった。

 

脳に運動がいかにいいかを説いた本