自分自身でいること

哀川翔の奥さんが「笑ってこらえて」に出ていて、若い女の子に恋愛指南として、「一人でいるときと同じ自分でいられる人がいい」というようなことを言っていた。自然体でいられる人、ということだろう。それはとても大切なことだ。

でも、その前にもっと大事なことがあって、それは自分でいることだ。一人でいるときに苦しければ、ふたりでいても苦しい。感情は鏡に映って、増幅していくだけだ。そして苦しいとしたら、それは自分自身でいないように「がんばって」いるのだと思う。

自分自身でいることが大事なのはわかる。でも、それってどうすればいいのだろうか。

「ありのままの自分でいるためにはどうすればいいのでしょうか」という問いに含まれる矛盾をエックハルト・トールが指摘していた。「ありのままの自分」は、どうにかしてなるものではない。それから「自分とは誰か、わからなくなりました」という困惑には祝福を送るともいう。

自分というものが、どこかに、いつか、くっきりとした輪郭を表すということはない。それは過去にも、未来にも、どこにもない。「今ここ」というのは、あまりにも使い古されてしまったフレーズだけれど、やはり「今ここ」なのだ。思考はいつも過去をネタに未来をでっち上げて、それを自分、自分と思い込んでいる。一方、自分はいつも今ここに存在している。

 

自分自身でいること」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: 「人生の目的」とはなにか – changelog.biz

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