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バシャールの公式に学ぶ / バシャール×安藤美冬『未来を動かす』

バシャールと安藤美冬さんの対談本『未来を動かす』を読みました。

バシャールは結構対談本を出していて、須藤元気さんとか、本田健さんとか、スピリチュアル過ぎない(?)人がバシャールにはまるようです。私はバシャールはときどき読み、そのメッセージもおもしろいなと思いますが、そんなにぴたっとはまったことはなくて、でも、この本はふと本屋さんで目に止まってパラパラ見たら、久々に読むべきかなーと思い買ってみました。二週間くらい前のことです。

バシャール究極の公式

本書でも繰り返し取り上げられる、バシャールおなじみの公式はこちら。

フォーミュラ(公式)

もっともワクワクすることを、

能力の限り追求し、

結果に執着しないこと。

 

ワクワクの追求と結果に対する無頓着。これをバシャールはいままでもしつこく言っています。変化にはタイムラグがあるから、出た結果にがっかりして元に戻ってしまってはダメだよ、といっている動画もありました。

で、この公式は一体何なのかというと、これは波動を上げる方法です。なぜ波動を上げる必要があるかというと、「自分が引き寄せるものは自分と同じ波動のものだけ」だからです。

これはエイブラハムも言いますね。「ある周波数で回るディスク」「ディスクの上には同じ波動のものだけがある」と表現しています。お金持ちになりたい、今より楽しく生きたい、というお悩みに「波動を上げろ」とバシャールはこう答えるわけです。

 

ワクワクも考え始めると究極的に難しいんですが、よくいうのはカツ丼と天丼どっちがワクワクするか、というレベルから始めればいいようです。そんな話は書いてないですが。

あと「結果についてのあらゆるこだわりを捨てる」というところがポイントのように思います。私たちはつい、結果にこだわってしまい、五秒前までワクワクしてたのに、結果が気になってモヤモヤ感をに移行してしまうからです。この話も特に書いてません。

…ていうか、バシャール、公式をぐいぐいゴリ押ししてくるけど、それ人間には超むずいよ、といいたくなってきました。

バシャールによる豊かさの定義

これもバシャーラー(?)には非常におなじみ、おなじみすぎる定義ですが、一応書いておくと、豊かさとは、「やりたいことを、やりたいときにできる能力」です。

読むタイミングによってはふーんと流してしまいますが、結構、究極の定義だなーと今は思います。なんでかというと、昨日さとうみつろう氏(この人もバシャール対談本を出してますね)の『あなたが人生でやっておくべき、たったひとつのこと』を読んだのですが、そこでもコンコンと語られていたとおり、結局、やりたいことをやることが幸せ、やりたいことをやれないことが不幸せ、だからです。

それが豊かさなんだよ、というのは少し飛躍があるように感じますかね。だからこそ、豊かさの定義を変えるということです(笑)。

こういう話でよく思い出すのは『花より男子』で道明寺が金持ち過ぎて牧野つくしと別れなければならないところですね(笑)。プライベートジェット(?)に母親役の加賀まりこが待っているシーンです。プライベートジェットかなんか乗るくらい金持ちなのに、好きな人と一緒になれないんだ…………(白目)と思いましたね。というわけで道明寺は全然豊かじゃないわけです。普通はプライベートジェットを所有することが豊かさの定義に合致していることだと思われますが、そうじゃないよ、という話です。やりたいことをやれないってことは心が満たされない、心が満たされない=貧乏ということです。(多分)

そのほかおもしろかったひと言。

「人生の中で一番疲れることは、自分にとって真実でないことをやること」

「自分にとって、役に立たないものを手放したときに、より早く、より大きく成長する」

ほんとそうですね、としか言いようがないです。

この本のテーマは「変容」

定番の公式、定義がやはりしつこく繰り返されているバシャール本ですが、 しかし、バシャールによるとこの本の全体的なテーマは「変容」だそうです。なるほど「変容」か。本屋さんでパラパラとめくって、ハッとして買ってしまったのはこういうわけだったのです。

※ところで、本書後半で時空間はない、未来はない、今しかない、すべてが今存在している。人間の波動によって過去や未来があるように感じてるだけ、と強調されるのですが、なんでタイトルは『未来を動かす』なのかというのが、ずっと疑問です。未来を動かしたところで、今のチョイスにしか意味がないのでは?

 

エックハルト・トールのDVD、どれがいいか

この1ヶ月、毎日のように、エックハルト・トールのDVDを見ていました。

ニュー・アースシリーズの講演DVDは3本あるので、どれがいいかなと思い、Amazonの口コミを見て迷って買いましたが、結局3本とも買いました(一度にではなくて一本ずつ)。今も1本を繰り返して見て、飽きてきたら違うのに替えて見る、ということの繰り返しです。

「どれがいいか」というタイトルにしてみましたが、結論から言うと、どれでもいいです(笑)

一本だけ見るのもいいし、全部見てもいい。順序もどうでもいいと思います。あ、ただ、たしかにDVD発売元が意図した順序は「易→難」となっている気がします。なので素直な人は、「青→緑→黄色」の順に見るといいでしょう。私はまったく反対から見ました(笑)。

どれが特別いいということはなくて、ペンキを塗り重ねるみたいな感じで同じことについて話しています。だから飽きて変えたところでメッセージは同じです。でも、3本が3本とも、おもしろいです。

一応、

青が「幻想としての時間」
エックハルト・トール/イリュージョン 幻想としての時間 (ニュー・アース・シリーズ) [DVD]

緑が「今、ここに目覚める」
エックハルト・トール/アウェイクニング 今、ここに目覚める(ニュー・アース・シリーズ) [DVD]

黄色が「人生の目的」
エックハルト・トール/エンライトメント 人生の目的(ニュー・アース・シリーズ) [DVD]

となっていて、確かにそこが重点的に語られていたななーと思います。で、「易しい→難しい」というのは、「時間は幻想だよ」→「つまり今しかないんだよ」→「そんで今していることが人生の目的だよ」という話の流れからしても、スムーズです。うん、やっぱり順序よく見たほうがいい(笑)でもエックハルトもDVDのなかで、「講演のタイトルは5分前に聞く、話すことは同じだから」と言ってました。

エックハルトの動画はありがたいことに、翻訳された5〜10分程度のものがyoutubeでたくさん見られます。私もかなり長い間、VastStillnessにアップされる動画を見てきました。でも今回、90分のDVDを買って見て本当によかったな〜と思います。5分の動画とは全然違います。5分の動画では実はもやもやが残っていたことに気づきます。わかったような顔をしていたんだな…ということに気づきます。ちなみにこのDVDもVastStillness平山由紀子さんが翻訳してくださっています。感謝。

内容は本で書かれていることとも同じです。まったく同じといってもいいくらい。でもやっぱり全然違います。たとえるなら、スタジオ録音された音楽CDとライブDVDの違いみたいなものです。情報の質と量が違うから、楽しさが違うというか。そうすると理解できることが違います。

そうなるとライブそのものである講演に行くとまた違うんだろうな〜と思いつつ、英語がわからないので行かずに済む…とかいう思考が湧いてきます(笑)。

スピ本をこれだけ買っててもスピDVDを買うという経験はありませんでした。ただそれだけのことでなんとなく見ずに来ましたが、エックハルトの本が好きな人にはすごくおすすめです。

内容についてはまた気が向いたら。


 

「人生の目的」とはなにか

エックハルト・トールの「ニュー・アース」の日本語版の副題は、「意識が変わる、世界が変わる」だけれど、英語版は ”Awakening to your life’s purpose” だ。「人生の目的に気づくこと」という感じだろうか。

DVD「エンライトメント 〜人生の目的〜」も、副題は(こちらは大きく変えずに翻訳されていて)、”Finding Your Life’s Purpose” だ。そもそもこのDVDは「ニュー・アースシリーズ・DVD」の三作目で、そこにも「目的」という言葉がキーワードとして挙げられているということになる。

今していることをすること

DVDのなかで、「あなたの人生に時間が存在しないとしたら目的は何になるのか」とエックハルトは問う。彼は自分で答える。「第一の目的は、今していることをすることだ」と。講演の観客の第一の目的は、「この椅子に座って話を聴くこと」。このブログを読んでいる人ならば、スマホかPCのモニタを見つめて、このブログを読むことになるだろう。とてもシンプルだ。そう、ここで語られるメッセージは本当にシンプルなことなのだ。私たちの人生の目的は、今していることをすることだというのだから。

エックハルトが言い換えるには、それは、
「100%いまここに在ること」
「今この瞬間と内面的にひとつになること」
「あなたが今どこにいようと、そこがあなたのいるべきところだと理解すること」
「あなたが「今ここ」で何をしていようとやることになっていたことだと理解すること」
「あるがままの今と調和して生きること」
でもある。

「そうすれば、あなたのすることは何一つとして、目的のための手段となることはなくなる」

「地獄への道」を行くのではなく

 

「地獄への道は善意で塗り固められている」とは、エックハルトによれば善なる意志が破壊をもたらすことを意味している。「目的」はふつう、未来に達成して今より豊かに、幸せになろうという善なる意志に基づいている。それが今を否定し、いらいらを生み、不幸の原因になるとは驚きだが、日々を振り返ってみればまさしく真実だとわかる。

さて、そこで質問すべきは、「なぜ私は第一の目的を生きてこなかったのか?」ではない、とエックハルトはいう。そうではなくて、「私は今、第一の目的を生きているだろうか?」であるべきだという。

『バビロンの大富豪』に学ぶ〈奴隷→大富豪〉への道

ひとつきほど前からお金についての意識改革に本格的に取り組み始めたところ、いやはや、すごい本に出会いました。2017年上半期のベストです。

オーソドックスでドラマチックな大富豪の教え

原書はなんと1926年刊行。お金持ち本の古典と言っていいでしょう。そのうえ、舞台はメソポタミア文明の栄えた古代バビロニア王国。「そんな古い本、ものすごく時代がかっているんじゃないの…?」という声が聞こえてきましたが(幻聴)、ご心配には及びません。むしろ、教えはきわめてオーソドックス。

たとえば、

  • 収入の一割は自分のためにとっておく
  • お金が貯まったら適切な投資に回す
  •  投資は財を成した先輩の意見を聞いて適切に選ぶ
  •  優柔不断は禁物
  •  幸運はチャンスのあとにやってくる(だからまずチャンスをつかむこと)
  •  労働は喜びであり、未来を開くもの

という感じで、どれもどこかで聞いたことがあるものばかり。でも、なんだかやたらと魂に響くのがこのバビロン本の不思議。その謎はおそらく物語の持つ説得力のためです。

市民が放埒のために身を滅ぼして奴隷となり、再び誇り高き市民として生き直して財をなす物語(第七話)や、運悪く奴隷になっても懸命に喜びをもって働き、奇跡的なチャンスを掴む物語(第九話)など、どのエピソードも涙なしには読めないほどドラマチックです。読みやすくて、あっという間に読めてしまいます。

第七話より少しだけ紹介。

最期に目にするのはこの平和な静けさなのだろうか。死を前にしてわしの心はかつてなく澄み切っていた。自分の肉体はたいして大事なものではなくなったようだった。干からびて血のにじんだ唇も、渇ききってふくれあがった舌も、空っぽの胃袋も、前日までの耐え難いほどの苦痛がすべて消えてしまっていた。
気の滅入るような砂漠をもう一度見やると、そこでもう一度、例の質問を自分に投げかけた。
自分の魂は奴隷のものか、それとも自由人のものか。

さあ、この人はこのあとどうなるんでしょうか。(さっき財を成すと書いてしまった…)死を目前にした砂漠で起きる奇跡とは?! ワクワクさせる展開で、スピ的な皆様にもぜひ読んでもらいたいです。

日本のサラリーマン、バビロンなら普通に奴隷

さて、この本を読んでもらうとわかりますが、「奴隷」という境遇は現代を生きる私たちにとって、まったく他人事とは思えません。

当時の奴隷は一口に奴隷といってもさまざまで、食事も寝床もろくに与えられずに朝から晩までレンガ運び等の過酷な労働を課せられる奴隷から、パン屋さんの住み込み職人で工夫して売上を伸ばして歩合給を得ているような市民風の奴隷までいろいろ。

つまり現代でいうと、ブラック企業とホワイト企業に務めるサラリーマンという感じ。ひいひい言いながら働けど暮らし楽にならずだったり、仕事は楽しいけど、安定を捨てて自由人になろうか迷っていたり……わかるわかる、という感じ。だからこそそれぞれが大富豪へと歩んでいく姿は共感できるし、なんだか身につまされるのです。

大富豪への道

肝心の奴隷から大富豪への道ですが、まず重要なことは、まずお金持ちになるんだと決めることだそうで、これもよく聞く話ではあります。必死で働いてもいつまでもラクになれない、もうこんな暮らしはいやだと思ったコッビは大富豪になった友人のアルカドに教えを乞うことに決めます。そのとき、こんなシンプルなことに気づきます。

「おかげでまた一つ悟ったよ。俺たちはなんで金に恵まれたことがないのか。その理由もはっきりしたよ。それは今まで俺たちは富を求めたことが一度もなかったからなのさ。」

コッビは優れた演奏家になろうと思って努力してきたけれど、お金持ちになろうとはしてこなかったことに気づいたのです。

アルカドが教えてくれた黄金法則は上に書いたオーソドックスな教えに代表されるものです。古い本なので英語のWikipediaに要点が書かれています。自動翻訳でどうぞ。大事なことは、学んだ黄金法則を地道に実行していくこと。それについてはこんな例があげられています。

例えば自分で『百日の間、街へ入る橋をわたるとき、道路から小石を一つ拾って川の中に投げ入れることにしよう』と決めたとすれば、そのとおりにするのだよ。七日めにそのことを忘れて橋を通り過ぎてしまったとすれば、『明日石を二つ投げ入れれば同じことだ』とはしないのだ。その代わり、戻って石を投げる。

意志の力です。普通の人は明日でいいやと思います。というか普通の人は橋を渡る時小石を投げ入れることにしよう、などと思いません。でも、大富豪になる変人はそうしようと決めて意志の力でやりつづけるのです。

ほかに「無駄なものを買うな」、とか、「財産はちゃんと守れ」、とか、「人を助けようとして自分まで潰れるな」とか、教えはとてもシンプルです。このシンプルさがいいのです。こんなんで大富豪になれるか!?とお思いでしょうか。私はなれるような気がしました。このシンプルなことを守れてないからです。まあとにかく言われたとおり、やってみることにしましょう。

おわりに

特に感動する箇所ではないところで何度も鳥肌が立つ本です。「もしかして自分はバビロン人の生まれ変わりでは!!」 と思えるほど……。何度も読み返したい名著です。

 

努力すれば夢は叶う。けれど、努力するためには魔法が必要だ。/『人生の扉を開く最強のマジック』

劣悪な環境で育った少年が中学二年の夏休みに、ある女性から「マジック」を教わり、スタンフォード大学の脳外科医となるまでの話。

定番の「マジック」

この本で紹介されているマジックはスピ本を読みついできた人には特に目新しいものはないだろう。

・習慣的な瞑想によって、思考と感情が自分ではないことを知り、心を手なづけること。

・願いはすでに叶ったと思い、その喜びを深く浸ること。

基本的にはこの2つを地道に続けることだ(もうひとつ重要なものがあるが、あえて割愛する)。

スタンフォード大学医学部臨床神経外科教授

新鮮なのは、彼が実在する脳外科医である点だ。彼はスピリチュアルの「マジック」を使って、グルになったわけでも、自己啓発セミナーの講師になったわけでもない。なんだかよくわからないビジネスでお金持ちになったわけでもない。泣く子も黙る「スタンフォード大学医学部臨床神経外科教授」になったのだ。彼は夢を叶えた。願いどおり、「みんなが一目置く」人物になった。

それだけではない。彼は億万長者にすらなった。豪邸、ポルシェ、美女といった中学二年の夏にほしいと願ったものはすべて、いやそれをはるかに上回るものを手に入れた。そして、ある日すべてを失った(このあたりはの記述は『「ザ・マネーゲーム」から脱出する方法』を思い出させる)。

すべてを失い、ほしいと思ったものを手にいれた自分が決して幸福ではなかったことに気づいた彼は、いわゆる「善人」になる。思いやりに目覚め、ダライ・ラマと面会し、共感の力を医療の世界に広げる取り組みを行う(本の最終部であるこのへんは正直退屈だ)。

脳外科医が実名でスピリチュアルの力を自伝的に書いたところがおもしろい。とはいえ彼は、あとからわかったこととして神経可塑性やら交感神経がどうのといった医学的な根拠を書いていくことを忘れないのだが(このあたりは『あなたという習慣を断つ』を思い出させる)。

 

必死の努力で願いは叶う

「マジック」には力がある。そのことは信じていい。本書を読めば明らかだ。しかし、おもしろいのは「マジック」の力の現れ方だ。

願いは、身も蓋もない言い方をすれば、当人の必死の努力によって現実化していく。

瞑想だけしていても、脳外科医にはなれない。大学に入り、メディカルスクールの面接を受け、ハードな研修をこなさなければならない。ベッドの上で医者になった喜びに浸っているだけでは人間の頭を切ることはできない。 すべてが難関だ。実際、彼は懸命に努力した。

なんだ、と思うだろうか。

しかし、人はその努力ができない。まず、必死の努力の前にあるささやかなチャンスを見逃す。もし運良くそれを見つけたとしても、ちょっと壁にぶつかるとがっくりうなだれて踵を返してしまう。ドアをノックすること、ノックし続けること。それには必ず扉が開くという確信が必要だ。

彼は「マジック」、つまり瞑想と潜在意識の力によって、脳波に乱れが少ない、つまりストレスに強く感情に支配されない、極めて思い込みの強い男になった。

別の言い方をすれば、彼は、望むものを手に入れることを自分に許可し、許可しつづけ、自己確信を養った。だからこそ、誰よりも努力できたのだ。

それだけのこと

それだけのことか、という気分になる。

しかし、人は「それだけのこと」にいつも足元をすくわれるのだ。

そしてそれは、ときどき得体の知れないポジティブシンキングのように見える「引き寄せの法則」とか「潜在意識の力」の単純明快さを示しているようで、からっとした気持ちにしてくれる。

読み物としてとてもおもしろい。私はここで導入部分を読んで引き込まれ、すぐに購入した。

https://cakes.mu/posts/14493

※ちなみに彼がルースという女性から教わった時に見逃し、だからこそすべてを手に入れて失うというゲームに興じることとなった「マジック」を、私もあえて見逃している。だってこの本に書かれた刺激的なゲームはとても魅力的だから。

 

ゼロ秒思考メモを始めた。

この記事を参考に、先々週くらいからゼロ秒思考メモを始めたらすごくいい。

toricago.hatenablog.com

一日目は五十枚くらい書いたんじゃないかと思う。

頭がすっきり!という実感までは至っていないが、「あ、そうか」という気づきがたくさん出てくる。もやもやが減っているのを感じる。

考えないで書き、メモのクオリティなど気にしないところがとてもいい。あれこれ気にしないことと、ノートではなくコピー用紙を使うこととは深いつながりがあると思う。検索性はあまりよくないけれど、もし変なことを書いちゃっても捨てればいいやという心理的な軽さがある(ノートを破るのは抵抗があるし、破った事実が残る感じがする)。それから量がかさばるところがいい。吐き出したぞ、というリアリティがある。

ゼロ秒思考メモは、箇条書きで数行。余白多めでコピー用紙を贅沢に使う。緻密な思考とか、ぎちぎちに詰まった感情をびっしりとノートに書き込むよりも、感情や思考の吐露に余白が生まれる。思考は思考を導き、以下果てしなくつづくけれど、じつはそれが途切れたところにヒントや解決策、思いがけない発想がある。箇条書きでそれが生まれやすくなる。

感情をコントロールするよりも手放す(セドナ)。悩みをなんとかするよりも吐き出す(ゼロ秒思考)。そうして自分を軽くすることで、吸収力と行動力が高まるんじゃないだろうか。

ゼロ秒思考

ゼロ秒思考 頭がよくなる世界一シンプルなトレーニング

ゼロ秒思考 頭がよくなる世界一シンプルなトレーニング

今日のスタンプ:返事下書き中

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この本は、お金についてのバイブルだと思う。/ 心屋仁之助『一生お金に困らない生き方』

心屋仁之助氏の『一生お金に困らない生き方』を再読した。

出会いと私の経験

心屋仁之助の本を読んだのは、これが初めてだ。しかも、コンビニで買った。

いつもは立ち寄らないコンビニの雑誌コーナーで、ずばりタイトルが目に飛び込んできた。

「これを買うのかー」と、自分の直感に戸惑いながら、しかし直感に従って買った。もっとも心屋さんのブログはそのときすでに読んではいた。

それがだいたい一年半前の夏で、それから収入は多少なりとも増えたが、数字以上に、根本的なところにある不安が薄くなったのが大きい。あまり意識していなかったが、お金を使うことに対する恐怖は以前に比べると格段に減ったと思う。

最重要ポイント

お金の問題の最重要ポイントは、「存在給」だ。存在給とは、ただ存在するだけで、自分が受け取っていいと自分に許可している金額のこと。自分で許可する、ということからわかるように、存在給は自分で決めるものだ。

「存在給」に至る議論をざっくりまとめると、次のようになる。

  • お金によって得たいと思っているのは、安心感や自由という豊かさだ。
  • それは、お金によっては得られない。(例:いくら稼いでも不安なお金持ち)
  • 安心や自由は自分で自分に許可すること、いわば自信によって得られるものだ。

つまり、ここで話は逆になる。

「安心や自由を手に入れるために、お金を手に入れよう。」

から

「お金(=豊かさ)を手に入れるために、安心と自由を自分に許可しよう。」

へと。

この、自分に許可する度合いがそのまま、存在給へとつながる。どれくらい安心していていいか、自由でいていいかを人は無意識に自分に対し、制限している。そしてその価値が低いから、=不安だから、お金を得ようとがんばっている。

つまり、「がんばらない自分の価値」=存在給なのだ。

とてもわかりやすく、かわいいイラストを引用させていただく。

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もしちょっとでもひっかかるなら、がんばらない自分の価値を自分でどの程度に見積もっているか、そしてそれを上げてみるとしたら? なんてことを考えてみてほしい。おもしろいことが起きるかもしれない。

心屋本の中でも、特におすすめ

今回再読して、やはりこの本は素晴らしいなと思った。心屋さんは本をたくさん出している。だいたい初期の頃のほうが、文章量が多く、伝えようという意欲にあふれている(笑)。でも、濃ければいいかというと、そうとも限らない。私が一番好きなのは、この『一生お金に困らない生き方』だ。ゆるさとまじめさがちょうどいい。出汁のうまさがちょうどよく感じられる。このシリーズは、イラストもすごくかわいいのだ。

こちらもおすすめです。

以前すごくざっくりと心屋本を紹介した記事

changelog.biz

 

今日のスタンプ:全身でよろこびを表現する猫たち

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こちらに入ってます。

 

 

何を逃れて、何を求めて / ステファン・ボディアン『過去にも未来にもとらわれない生き方』or『今、目覚める』

何度目かの再読。忘れっぽいせいもあるが特にこういった本は、読んでも数ヶ月すると内容をすっかり忘れてしまう。だから読み返すときには毎回とても新鮮だ。

とはいえ読後感の記憶くらいはあって、以前はもっと難解に感じていたように思うし、固い壁にぶつかるようなところがあった。それが今回はなんだか普通の本として普通に読むことができた。普通の本として読む、というのもなんだかよくわからない表現だが、この本に何かを求めていないせいなのかもしれない。何かというのは、やはり「目覚め」のことだ。今回はただこうしてブログ用の記事を書くために読んだ。それがかえってよかったのかもしれない(笑)。

目覚めの段階

この本は目覚めの段階を丁寧に解説している。それぞれの段階で起こりやすいつまづきや回り道について親切に説く。各章の終わりにはちょっとしたワークのようなものもある。「WAKE UP NOW」という原題からして、これまでの私のように「目覚め」を期待してしまうのも仕方がない。でも、ここで説かれる「目覚めの段階」とは、「目覚めという目標を達成するまでの道のり」では決してない。目覚めが、いうなれば「染み込んでいく」過程で、起こることや見えてくるものを記述している。こうした本を繰り返し読むことで理解が深まっていくのと似ている。初めはペンキを塗り重ねるイメージが浮かんだが、それよりも、ベールが一枚ずつ剥がれていく、あるいは空を覆っていた雲が流れていく、といったほうが実情に近いのかもしれない。

序章で示された区分けに従い、印象的だった文をいくつか紹介する。

探究 1〜5章

心は瞑想することはできない(…)心が達成する状態は(…)あなたの本質が持つ真の「静けさ」とは関係がないのです。

心は、それ自身と戦うことが好きです。(…)心はほうっておかれると自然に落ち着いてきます。

分量にして半分以上が、「探究」段階に当てられている。私たちが求めているもの、逃れようとしているもの、そのためにとる手段。それらを明らかにしながら、そこに含まれる矛盾を暴く。多くのスピリチュアル指導者のエピソードや禅の公案が紹介される。

目覚め 6章

目覚めは突然すべての努力を手放すときに起こります。(…)突然すべての希望を捨てる、ということです。

すべては、自我も含めて、あるがままに完全なのです。たとえ自我がそうではないと言い張っても。

目覚めに関する誤解を具体例をあげて説く。「悟った人になる」というよく言われるけれど避けることが難しい思い込みや、達成または自我の破壊、あるいは完全性としての目覚めなどが誤解として取り上げられている。「え、目覚めってそういうものじゃないの? 」という方は、ぜひここで示されるの7つの誤解に対する解答を読んでほしい。

深まりと明確化 7章

「(…)深いところで私は自分の本性を知っています。しかし心の作り出す思考や物語は非常に強く、いつも忘れてしまいます」
「究極の忘却」(…)この忘却は、心のさまざまな機能の副産物などではなく、実は心の主たる仕事なのです。

上記は著者の師であるジーン・クラインとの対話だ。ジーンはこれを「究極の忘却」と呼んだという。無限の平安としての本性を忘れることが心の主たる仕事、というのはびっくりだが、なるほどと納得して笑ってしまう。目覚めのあとでも、心はなんとか主導権を握り続けようと奮闘する。それに対する対処法が丁寧に書かれている。

体現 8, 9章

目覚めを体現する道は、一瞬一瞬を目覚めの認識で生きることに尽きます。

すべてはあるがままに完全であるけれど、雨漏りすれば屋根を直す

真実に対するやむことのないコミットメントが、スピリチュアルな体現のプロセスに炎を燃やし続けている

それは「私のさびしさ」ではありません。「さびしさ」そのものです。それは「私の怒り」ではありません。「怒り」そのものです。

一瞬で起こる目覚めに対し、体現のプロセスは一生かかる場合もあると著者はいう。これをどう受け止めたらいいだろう。目覚めるということは、雨漏りしない屋根を手に入れることではないのか? どうやらそうではないらしい。「大事なことは、あなたの困難な感情を抱擁すること」だという。やれやれ(笑)。

目覚めて生きる 10章

「あなたが生きる」という言葉は、余計なのです。単一の「生命」があなたや、石、小鳥、川や木々などを通して生きているということなのです。

「私の意志ではなく、あなたの意志がなされますように」

この章でも体現化のプロセスが大事だと著者は強調する。はじめに書いたように、この本で説かれる「目覚めの段階」は、目覚めというゴールを達成するための段階ではない。目覚めをゴールに設定し、目覚めさえすればすべてOKだ、という幻想を持つことは、目覚めとは何の関係もない。心によるおなじみの支配だ。

さて、何を求めて、何から逃れて、探究が始まり、その探究はそれ自体どんな矛盾をはらんでいたのだっけ。振り出しに戻るようにして、私たちはありのままの自分に出会うのだろう、たぶん。

親切な本

初めて読んだときには著者が怒っているように感じた。そこまでいかなくても最近まで、この本からある種の厳しさを感じていた。それがいつのまにかなくなっていた。それよりも親切さや丁寧な心配りが心に残る。つまづきやすいポイント、言いかえれば私たちがごまかしてしまいたくなる痛いところを、見逃さずにしっかりと拾い上げる。これは厳しさではなくて、粘り強い親切さだ。

※今回読み返してトニー・パーソンズの公園でのエピソードが書かれていることに気がついた(162頁)。

※『過去にも未来にもとらわれない生き方』はもう絶版になっているが、別の出版社から、別の訳者によって『今、目覚める』というタイトルで出版されている。そちらのタイトルは、原題のWAKE UP NOWに即したものになっている。

今日のスタンプ:壁ドンで帰還を迎える犬

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