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苦しまなくていい理由 /「スーパーマインド」V・ハワード

なぜ苦しみは不要なのか

先日紹介した『なぜあなたは我慢するのか』の続編にあたる『スーパーマインド』。これまでこの二冊はほとんど同じことを書いていると思っていたが、今回読み返してみて、そうではないことに気づいた。

『なぜあなたは…』の方は、主として「苦しみ不要論」だ。あなたが知らなければならないと思っているものをあなたは知らなくていいのだ、なんとかしなければならないと考えているかもしれないがしなくていいのだ、わからないままでいい、と説く。

そして『スーパーマインド』は、それがなぜかを明らかにする。なぜ苦しみは不要なのか。

ハワードは次のように書く。

一、偽りの自己感覚を失くして偽りの欲望を失くせよ。
二、偽りの欲望を失くして偽りの行動を失くせよ。
三、偽りの行動を失くして偽りの問題を失くせよ。
四、偽りの問題を失くして偽りの悩みを失くせよ。

苦しみは、もとをたどれば偽りの自己感覚に由来する。

「スーパーマインド」の副題は「あなたは本当のあなたなのか」だ。

だから、私たちがすべきなのは「偽りの自己感覚」を失くすことに尽きる。

「翻訳」しないこと

本当の自分になるために何かをする必要はない。本当の自己が生きることを妨げている何かをやめればいい。

あなたは独りだ。何も起こらない。電話は鳴らないし、郵便配達夫は素通りしてしまう。あなた自身だけがあなたの仲間でいる。さてここで、この独りきりだという状態を、あなたの心が不注意にそうしてしまわないかぎり、自動的に「孤独」と翻訳することはできない。

「あなたの心が不注意にそうしてしまわないかぎり」苦しみは生まれようがない。そして、そのようなものを生み出す機械としてのわたしの心の動きは、わたしではない。

「翻訳」するのをやめて、あらゆる出来事をただ見ることだ。しかしそんなことはできない。そう心は騒ぎ出す。もしただ見ることができないのならば、せめてそんな心の動きに一生けんめいに取り組まないことだ。

安心と満足をみいだす一つの方法は、安心と満足でないものはすべて、一貫してやり過ごしてしまうことだ。

幸福を求めない。

本書が一貫して提案するのは、とてもシンプルな、けれど私たちがずっと後回しにして強烈な生き方だ。それは、一言で言い表せる。

これ以上幸福など追求しないことだ

とはいえ、もう少し長く書いてくれている箇所もみてみよう。

わたしがわたしの生を生きるための足掻きをやめて、生をしてわたしのために生きるにまかせたらどんな気持ちがするだろうか? 幸福になりたい、評判のよい人間になりたい、賢くなりたいとだけ努める、苦痛に満ちた日常の一切を棄てたらどうなるだろうか? 何が起こってくるだろうか?

勝利を求めることをやめ、敗北を完全に受け入れた時、勝利も敗北も存在しなかったことに気づく。

さて、次のような一日を「あなた」はどう感じるだろうか。「スーパーマインド」、つまり「本当のわたし」を求める愉快が、ここに詰まっている。

あなたの一日は馬鹿らしくもないし、意義深くもない。生の一日はただそれがあるとおりにあるだけである。

 

 

苦しみを終わらせる方法 /『なぜあなたは我慢するのか』V・ハワード

目覚めへと誘い、導く本

『なぜあなたは我慢するのか』ちょっと衝撃的なタイトルだ。でも原題は “ESOTERIC MIND POWER”。ESOTERICをどう訳すべきかわからないが、本文には「秘境的」と出てくる。「秘境的精神力」という感じか。とはいえ勝手な邦題ではない。本の書き出しと締めくくりの言葉がこの問いで始まっている。

あなたはなぜ我慢しているのです? (…)いったいなぜ、あなたを煩わせているものと歩調を合せようとするのです?

作者のヴァーノン・ハワードはアメリカの「光明思想家」だそうだ(本の扉にそう書いてある)。昭和55年に翻訳が出て、私の手元にあるのが平成8年の19版だ。今はもっと版を重ねていることだろう。ロングセラーだ。続編に『スーパーマインド』がある。構成も内容もかなり似通っているが、『スーパーマインド』の方が少し過激さが増しているかもしれない。

内容は目覚めへの誘い、目覚めへの道案内だ。彼の基本方針はこうだ。恐れや迷いに対しては解決策を与えない。答えを求める問いには答えない。恐れや迷い、問いそのものを無効化する。たくさんの例や哲学者の言葉などを引いて、断定的かつ魅力的な言葉で説く。
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一切の問題を解消する

不確実性

たとえば私たちは不確実性を恐れて、未来を確実なものにしようと必死になって行動している。お金を貯めたり、生涯のパートナーを得ることが重要だと感じるのは、確実でありたいと願うためだろう。確実ならば、安心できるからだ。でも実際は、安心とはそのようなものではない。問題は不確実性にはない。

不確実性を恐れてはならない。不確実性に恐れるべきものはなにもない。恐怖は、人間が彼自身の言葉に従って確実でありたいと望むことから起こる。しかしそれらの言葉は間違っている。千の不確実性を持ちながら一の不安もないということも可能である。

安心は不確実性の排除にはないということは、簡単に理解できる。不確実性が入り込んでくる可能性はいつでもあり、その不安はいつまでも消えないからだ。ならば、不確実性を初めから受け入れてしまうことだ。

到達地点

あるいは私たちは一生けんめいにどこかへ到達しようとしている。よりよい自分になりたい、人生をよいものにしたい、そんな強迫観念に近い欲求があり、だからここにいてはいけないと思っている。目的地を定め、自分をコントロールして歩まなければならない、と。

どこへ行くのか、など知らなくともよい。いやほんとうのところ、正しく真直ぐに行くにはどこに行くかなど一切考えてはならない。無心でいなければならない。足元を照らすのに古びたランプを使おうとしてはならない。古びたランプは百度も千度もあなたをこれまで導き損なったのである。「私はどこへ行くのかわからない、だがひとつだけわかる─わたしは古い道へは戻らないのだ」と、そう自分自身に言うのだ

古いランプは何度も私たちを「導き損なった」ことを思い出そう。そのランプは私たちに「人生」を見せてきた。私たちはそうして見る自分の「人生」をよくしたい、と思いこんできた。わたしたちはいい加減うんざりしなければならない。抜本的な解決が必要なのだ。人生に外側なんてない。(参考  http://changelog.biz/tadasonomama/

問題

ほんとうのところ、われわれは、われわれの問題に対立するから、われわれの問題をもちつづけるのである。孤独感はこれに対立しなければ、存在しなくなる。将来への不安と戦うことをやめれば、もはやかかる不安はなくなる。「悪しきものに抵抗(てむか)うな」

自分で「これは問題だ」と問題設定した問題を解決しようと躍起になり、人は不幸になる。そんなことをする必要は初めからない。問題設定をやめてしまえばいい。不確実性を受け入れ、どこへ行くのかを知る必要がないとわかったいま、そもそも問題はないはずだ。何も考えず、悩まず、やることをやるだけだ。

「私は答えを知らないのだ」

私がこの本で最も好きなのは次の箇所だ。情景が目に浮かび、詩のようだと感じる。

なにかについて答えが欲しいときはいつも街のざわめきへは耳を閉じ、そこから離れてじっとして、あなたのその分からぬものと一緒にいればよい。そしてただ静かに、「わたしは答えを知らないのだ」とだけ悟ればよい。それ以上のことをしてはいけない。

人は自分自身で苦しみをつくり、問題に問題を重ね、答えと救いを求める。自作自演に真面目につきあうのをやめたらどうなるというのか。ことはあまりにも、単純だ。

それなのに、なぜあなたは我慢するのか。

長期に渡って、繰り返し読みたい本だ。

 

 

多読・速読は武器になる! 5ステップでできるアウトプットのための速読術

多読は武器になる。

書評はブログでも人気ジャンル。コンスタントに書評記事を書くには、何よりもまず本を読むことが必須。もし一日一冊読めれば、ブロガーとしてかなりの強みになる。もちろんブロガーだけではなく、大量の情報のインプットは、ビジネスでも学問でも大きな武器になることは間違いない。

とはいえ、時間は無限ではない。私も、書評記事を書こう書こうと思いながら日記記事よりハードルが高く、つい後回しにしてしまっているのが現実。

必要なのは、アウトプットを前提としたインプット

必要なのは単なる速読ではない。自分が必要としている情報を効率的に把握し、次のステップへスムーズにつながる読書だ。ブロガーなら書評ブログを書くことを前提としたインプットが求められる。

 

『あなたもいままでの10倍速く本が読める』再入門

そこで本棚に眠っていた『あなたもいままでの10倍速く本が読める』を再読した。5年ほど前に読み、当時はこの方法でかなりの本を読んだ。読書に対する感覚は大きく変化したが、細部の方法は習慣化されずに抜け落ちてしまっていたことがわかった。

どのような本か

一言で言うと、読書の概念を覆す本。ふつうの読書が直線的で、積み上げ式な理解だとすると、フォトリーディングは全体的で、マッピングするように理解していく。不完全な読みを恐れながら行う完璧主義の重苦しい読書から脱出できる。フォトリーディングは初めから不完全な読書だ。冷静に考えてみれば、本のすべてを理解する必要はない。自分にとって必要なことを知ることができればいいのだ。完璧主義はむしろ害。とりあえず、インプットして、自分の脳にどこが大事か聞いてみる。アウトプットを前提とするこの方法は合理的だ。

有名人の経験者

有名人にもフォトリーディング経験者は豊富だ。本書の監訳者でビジネス書作家の神田昌典はもちろん、勝間和代もフォトリーディングを習得し大きな効果を実感している。ホリエモンもこの本由来かはともかく速読術を習得している様子。

フォトリーディングのイメージ

速読術やフォトリーディングというと、次々にページをめくって「はい読了」というセンセーショナルな部分に注目が集まることが多い。実際、フォトリーディングは1ページ1秒でページ全体の視覚情報を頭に入れていく読書の手法。

でも、それだけではない。ポイントとなるのはフォトリーディングの前に行う準備、プレビュー、そして後に行うアクティベーションだ。

フォトリーディングの手順

  1. 準備:まずは精神と環境を整える。フォトリーディングは集中とリラックスを必要とする。「みかん集中法」(後頭部の斜め上にイメージのみかんを置いて、そこに意識を持っていく)などがユニーク。
  2. プレビュー:本は本文からいきなり読み始めないこと!表紙や帯の文言、目次や全体の構成を確認する。本によって項目立ての仕方や図版の入れ方、コラムなどがある場合がある。そういう特徴をざっくりつかむ。
    パラパラとめくりながら疑問点やキーワードとなる言葉を見つける。ただしここで語の定義を探して確かめたり、疑問を解こうというモードに入らないこと。プレビューにかける時間は約5分ほど。
  3. フォトリーディング:1ページ1秒のスピードでめくっていく。その際、あらかじめ「フォトフォーカス」といわれる独特の視野をつくる。1秒で「読む」ことはできない。視覚情報を脳に直接送り込むだけ。
  4. アクティベーション(活性化):フォトリーディングのあと20分〜ひと晩あけて行うアクティベーションはフォトリーディングシステムのキモ。フォトリーディングが脳の働きを意図的に押さえていわば画像処理をしていくのに対し、アクティベーションは脳全体を使って行う。
  5. 高速リーディング:4までで不安な場合はスピーディーに読む。普通の読書に一番近い。仕上げの読書。

アクティベーションのキモ

アクティベーションについての補足。ここでは知りたいこと、求めていることを脳に対して質問する。つまり、フォトリーディングで得た情報はすでに脳の中に入っていると考え、それを引き出すトリガーとして、実際の本を使って以下を行う。

  • スーパーリーディング:スピーディーにめくっていって直観が教えてくれる「ここだ!」という箇所を見つける。
  • ディッピング:見つけた「ここだ!」という箇所に飛び込む(読む)。
  • スキタリング:アメンボのように視線を動かして、「ここだ!」を探す。
  • マインドマッピング:頭のなかにあるデータを描き出す。

応用編:シントピックリーディング

フォトリーディングをレポート作成に応用する「シントピックリーディング」もおすすめ。

目的に合わせて課題図書を複数選び、すべてをフォトリーディングして、アクティベーションする。スピーディーでシンプル、かつ強力なレポート作成技術。より詳細な手順は本書にある。課題図書が重くのしかかっている学生さんはぜひ読んでみて。

苦しい読書、さようなら。

フォトリーディングはスキル。スキルは使って磨き自分のものにしていくことが大切。違和感がなくなるまで、「使って、使って、使いまくること!」

自己啓発書としても優れた本

分厚い課題図書や書類の山、読まなければならない文字情報に私たちは日々圧倒されている。いってみれば情報に対して受け身な状態で「読まされている」。このスキルは自分が問題意識を持って取り組む主体的な読書、情報処理への転換を勧めている。

インプット能力が向上することは、学び、成長して「選択肢が増える」ことでもある。自分の可能性を広げてくれるフォトリーディング。おすすめです。

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あることの非特別さ / トニー・パーソンズ「オープン・シークレット」

トニー・パーソンズの「オープン・シークレット」を読んだ。

以前同じ著者の「なんでもないものがあらゆるものである」を読んだときは、追い詰められたあげく突き放されて呆然とするような感じがあった。厳しさは覚悟していたが、自分ならそこから一撃を受けることができるんじゃないかという甘い期待はあっけなく打ち砕かれた。時間が経ってからふと、「今なら何かつかめるかもしれない」(というのもなんだけれど)と思って開くと、やはりよくわからなかったりした。

それに比べると、「オープン・シークレット」は予告されていたように、やさしい。風のように、なんということはなく、さらさらと通り過ぎていく。ひとつひとつの章のまとまりもごく短く、全体量も少なく、するりと逃げてしまう。逃げてしまうのだけど、そのつかめなさが、軽さが、やけに心地いい。

扉にも書かれている、「公園」からの一節がとても印象的だった。

ああ、なんだ、という感じがした。

歩きながら、起こるか起こらないかわからない未来の出来事に対する期待で頭が完全に占領されていることに気がついた。そして、そうした予測を手放して、ただ歩きとともにあることを選んだように思えた。(…)

こうしたすべてが起こっていたそのとき、自分が歩くのを観察している自分から、歩きがただあるということへの移行が起こった。それから起こったことは全く描写不可能だ。(「公園」より)

それから、よく聞く「獲得すべきものはない」について。

時間のなかでの奮闘が解放をもたらすことはない。生は務めではない。獲得すべきことなどまったく何もない。獲得すべきことなどまったく何もないという認識を除けば。(「無達成」より)

「獲得するものはない」、それは本当にただそれだけの意味なのだろう。獲得するものがないという特別さを手に入れるのではなくて、本当に、ただないのだろう。そう思った。

この本を読んで少しの間考えていたのは、自分がいないとしても何も問題はない、ということだ。私が歩いているのではなくて、歩きが起こっているとして、そこに不足はなにひとつない。ならば私は何を一生けんめいにつかんでいるのだろう。

手放せたら、と思う。

同時に、つかんだ夢の甘美を感じてもいる。

私はいつも悟りを、「これまで食べたことのない特別な甘いお菓子を味わうような至福の持続」と考えてしまう。(ドラえもんに出てきた真珠みたいにキラキラと光る未来のお菓子のイメージ)

でも、それはつかんだ夢の中にしかない。きっとそれはなんでもないものだ。それは隠されていないし、ほんとうにどうってことない、あまりにもあっけないものだ。まったくの非特別さ。きっとそんなものだと思う。

そしてまた期待が生まれる。

ずっと求めていた貴重で特別で得難いものが、貴重でも特別でもなく得難くもないと知ること。その効果を期待している。

公然の秘密(オープン・シークレット)は「自分の生き方を変える努力とは関係がない」という。そうなのだろうと思う。そして、自分の生き方を変える努力から離れる努力を模索する。

夢から夢へ、旅はつづく(笑)。

手が届かないと悲観しているわけではない。かといって、もう少しだと期待しているというのもおかしい。

なんともいえないが、この小さな本には不思議な魅力があるのは事実だ。地下のボイラー室のブーンという音がずっと前から鳴っていたことに気づかせてくれるような力が。

解説に、そう、そのことについて知りたかったのだ、ということが書かれている。そのためにすることはない、できることはない、それでも何か、というごく人間的な思いに応えるもの。「公園」での出来事に関わることだ。何が書かれているかは本書を読んでほしい。

トニー・パーソンズがこの本を五回も改稿しているというのは、心温まる情報だった。

 

 

 

お金にからみついた重たい鎖を笑いで斬る! さとうみつろう『金持ち指令』

またもバカ売れしそうな本を紹介します。

さとうみつろう氏の「金持ち指令」。

帯の言葉がいいですね。

金持ちは「学ぶ」ものじゃない、「やる」ものなんだ。

金持ちはやるものだそうです。

うーん、やってみるか!

 

心屋さんの一言

読んだきっかけは、心屋仁之助さんのブログ。

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*1

こんなこと言われると、気になります。電子書籍でぽちって読みました。

36回(みつろうだから?)の対話形式で、常識とは違うお金との付き合い方を伝授。399ページと多分紙の本ならそこそこ分厚いと思いますが、対話形式なので文章量はさほどでもなくさくっと読み終えます。

キャッチーなキャッチ

さとうみつろう氏は、

「お金に恋してるからお金が調子に乗るんじゃないか!お金をフリなさい!」

とか、

「イタリア行く前の成田空港でパスタ食べるバカ、います?」
(=金持ちになると確信してたら今日は醤油かけご飯を食べるはず!)

とか、人を引きつける見出しを作るのがすごくうまい方です。あと基本的にふざけています。先日の大木ゆきのさんも言っていましたが、「遊び半分」というのがポイントかもしれません。

 

お金は使うためにある

「第11話 お金を笑いながら使う」に書かれているのですが、お金は本来、使って物や体験を手に入れるためにあります。お金をそれ自体が目的となってお金を「集める」ことに夢中な状況はちょっとおかしいというわけです。

たしかに、お金というものにはいろんな概念がくっついて、単純に笑いながらいろいろな体験をするためのチケット、ではなくなっています。人間の価値みたいなものを測る「基準」になっているのだと思います。

大切なのはその人がやりたいことをしているかどうかなのに、稼いでいる額を比較して一喜一憂したり、能力に比して稼いでいないことを問題視したり、儲けられる箇所で儲けないのは失敗であるかのように感じたりします。

もしかすると、このようなザワザワする思いが、お金持ちになることを止めているのかもしれません。

お金に対する嫌な思い込みを外す

お金にまつわる話でよく聞く、「お金持ちになりたいと言いながらなっていないのは、ならないように自分でしているから」という話。その話はこの本でも出てきます。お金持ちを嫌なやつと思わず好きになろう、その思い込みのもととなった両親を説得しよう、と(笑)。

お金持ちになりたいと言いつつ、同時になりたくない、なぜならお金持ちになったら、いろいろ嫌なことも増えるし、怖いから。このブロックが、お金持ちになることを止めるというのは本当だろうなと思います。

それは単に、「お金持ちは悪人」といったステレオタイプではなくても、さっき書いたような、お金にくっついたいろいろな概念を引き受けること、お金を基準とした思い込みに対する抵抗感のせいもあるのでしょう。

私自身を振り返るとどうも、「なりたい」と思っては抵抗にあって慌てて取り消して、また「なりたい」と思っては取り消して、を繰り返しているように思えてなりません。これからどうなりたいのかがはっきりしないなあと最近ぼんやり思っていたのですが、綱引き解消のために、まずはお金にくっついたざわざわする概念を外してみようと思います。

まとめ

お金はもっとシンプルで楽しいもの。この本に書かれたひとつひとつの指令を笑いながらこなしていくことは、お金のシンプルな楽しさを思い出させてくれるかもしれません。

 

以下、引用です。

【貧乏な今のうちにしか出来ない事をしよう。だって私はもうすぐ、間違いなく金持ちになっちゃうんだから】

ここまで色んな儀式をやったんだから、私が金持ちにならないなんて、そろそろおかしいろ思えるくらいになってほしい。

バーキンなんて一回買ったら満足して飽きるけど、買わないで胸の中にしまったバーキンは永遠に輝きつづけて、あなたを魅了しつづけるだろう。

そもそも金持ちは、【金持ちになりたい】って思わないでしょ? だから金持ちなの。(…)さっさと彼らのように、【私は金持ちだ】と勘違いして思えばいいじゃん。

 

*1 心屋さんのブログameblo.jp

 

そうだ、自分神様に相談してみよう! 大木ゆきの『自分神様を表に出せば、人生は勝手にうまくいく』

まっピンクの表紙がまぶしい大木ゆきのさんの最新刊。今回も基本のメッセージは同じ。「あなたは何も欠けていない宇宙の最高傑作なんだから、好きなことをして楽しく生きればいいんだよ」というものです。

本の構成

これまでの大木さんの本で「宇宙」とか、「福の神」とか言われてきたものが、「自分神様」というフレーズに置き換えられています。自分神様を押さえ込む「フタ」を、子供の頃の体験で感じた怒りや悲しみを例に説明し、それを外すとは何を取り戻すことなのか、そしてどのようにして取り戻すのかをいくつかのメソッドとともに語ります。

そしてそして、自分神様が表に出てきたら、思いきり活躍してもらいます。そのコツが書かれた第五章がパワフルです。

私が考える大木ゆきのさんの魅力

私は、大木ゆきのさんの本の魅力は、よどみなくあふれでる豪快なおしゃべりの雰囲気にあると思っています。重複も、ある種のラフさも気にしない、心地よいフリートークを聞いているといつのまにか元気が出てくるといった感じです。

その点、この本は構成が明確で体系的な分、無駄がなく、フリートークは控えめです。以前同じ出版社から出た『宇宙は逆さまにできている』も、似たところがありました。

自分神様に祈り、相談してみる。

私はフリートーク大木派なのですが、とはいえ今回の「自分神様」というキーワードはうまいなと思いました。本の中に、自分の満面の笑顔の写真(=自分神様)を神棚に飾って祈るというちょっとどうかと思うメソッドが出てくるのですが、とりあえずスマホで満面の笑顔を撮ってハートのスタンプをまわりに散りばめてみると(笑)、馬鹿馬鹿しいけどなかなかよかったです。神棚まで作っていないのですが、効果を考えると作ったほうがいいかもしれません。

その自分神様に相談してみるというメソッドも紹介されています。やってみると迷っている自分ではない自分、つまり自分神様がちゃんと答えてくれるから不思議です。返事をしてくるのが満面の笑みの自分なので、答えが基本陽気です。遊び半分でやるのがいいそうです。

第五章には、どうして自分神様がそんなにすごいのかということと、魂の衝動に従って宇宙に身をまかせて生きるヒントが書かれています。想像を超える自分神様の力への期待を煽って(笑)、本書は締めくくられます。

そのほかの大木ゆきのさんのおすすめ

ほかに私が好きな大木さんの本は『100%の幸せ―心から幸せになり、すべてがうまくいく77の言葉』、『世界で一番楽チンな奇跡の起こし方 宇宙におまかせ!』、『神様にお任せで、勝手にお金が流れ込む本 』です。『100%の幸せ』はKindle Unlimitedに入っていますので、会員の方はお試し読みください。

KADOKAWAの「宇宙は逆さまに…」は先ほど書いたとおり、構成には無駄がないので少々さみしい(?)ですが、わかりやすいです。「宇宙は逆さま」というタイトルからしてニクいですよね。

 

以下引用です。

その「どうにかしよう」とすることが、実は自分神様を表に出せなくしてしまう原因です。

「自分は、そもそも必要なものは全部持っているんだ。何も足りなくないし、どこかがおかしいわけでもない」ということをどれだけ認識しているかの度合いに応じて、それに見合った力が表に出てくるだけです。

人間というものが存在し、さまざまな体験をしてくれることが、この宇宙への貢献なんです。

私は、無限の宇宙とひとつの「自分神様」なんだ! だから、宇宙と直結している魂に従うんだ!

 

 

11月に買った、読んだスピ本からおすすめを紹介します。

いよいよ2016年も残り一ヶ月となりました。11月のスピ本探究を振り返ってみたいと思います。

買ったスピ本

「自分神様」を表に出せば、人生は勝手にうまくいく

アメブロで活躍中の大木ゆきのさんの新刊。売れてます。基本的に大木さんのメッセージは同じで、「あなたはありのままで完全です」ということ。エネルギーの深度、鮮度のために新刊が出るようなものだと理解しています。今回の本は、できれば紹介記事を書きたいけれど、今のところいまひとつピンと来てない状態。熟成させます。

ちなみに過去2作品の紹介記事を書いています。

 

成功している人は、なぜ神社に行くのか?

今年の夏から売れている本だと思いますが、心屋さんのブログなどで紹介され、この数日急に目に触れる機会が増えました。寄るつもりもないのにふらりと入った書店で目に飛び込んできたので購入。先月伊勢神宮にお参りしたためか、私はいま神社が気になっています。しばらくぼんやり思っていたのことの答えが書いてありました。なんと非二元の解説も。紹介記事を書きます。

 

ただそのままでいるための超簡約指南(覚醒ブックス)

1,2時間で読める薄い本ですが、中身は決して軟弱ではなく手加減もなし。フレッシュなレモンとオレンジみたいな感じ。爽やかで美味しいけど、酸っぱくてビタミンCたっぷり(!?)。メインブログの方で紹介記事を書きました。

アミ小さな宇宙人

これは昨日急に思い立ってブックオフで買ってきてさっき読んだ本。(あ、だから12月に買った本ですね)『成功している人は、なぜ神社に…』に紹介されていて、「奉仕のエネルギー」の本と書かれていたのが残っていました。スピリチュアル系の本ではベストセラーなはずですが、私的には違うジャンルという認識でいて、初めて読みました。アルケミスト系?(これも読んだことはない)。ちょっと新鮮なアプローチ。 「スピノザと言ってることが同じ」と数カ所で思いましたが、それは私が今スピノザ脳なだけでしょうか。

 

再読したスピ本

さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる

スピリチュアル界のスーパースター、エックハルト・トールのデビュー作。覚者の中にはこんなにも硬いものがある、という感じ。どこまでも親切だけれどタフな本です。再読後に紹介記事を書きましたのでこちらを御覧ください。

 

ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる-

『さとりを…』の勢いで、次の大著も再読。だんだん、エックハルト・トールがフィリップ・マーロウに見えてくるようなハードボイルドさ。ビデオではパステルカラーのニットや森の小人が着るようなベストにかき消されてしまう切実さ、熱さが、文章にはほとばしっています。そのうち紹介記事が書ければ。

 

以上です。あとはパラパラ見返していた本がいくつかあるくらいで、スピ本探究量は「やや多め」くらいの月でした。今月は今年1年を振り返りたいですね。

思考の終わり、解放のはじまり エックハルト・トール「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」

精神世界でピンクのニットベストといえばこの方、エックハルト・トールさんです。今日は、非二元関係の本でも言及されることの多い彼の、デビュー作である「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」(原題 The Power of NOW)を紹介したいと思います。精神世界の基本の書のひとつであり、過去に読まれた方も多いはず。私にとっても一冊丸々再読したのは久々でした。

思考の時代の終わり

理知的で綿密、きわめて実践的かつ実利的な本です。それは驚くほど硬派で逃げ道を残さないことも意味します(笑)。1999年にアメリカで出版された際には、おそらくスピリチュアル本の ”スピリチュアルな” イメージを大きく変えたのではないでしょうか。だからこそ、今に続く精神世界の本の基礎となったのだと思います。

本書のメッセージを一言でまとめると、「思考の格下げ」。思考なんてそんなに大したものじゃないよ、というメッセージが続きます。

自由への第一歩は、自分の思考は「ほんとうの自分」ではない、と気づくことからはじまります。

思考力重視の傾向は、人間の意識が進化していく過程の、ひとつの段階にすぎないので

意識なくしては思考は生まれませんが、意識は存在するために、思考を必要としません。

さとりをひらくことは、思考を超えたレベルに到達することです。

では、どのようにして、思考から離れればいいのでしょうか。エックハルトがあげるシンプルで力強い方法が、インナーボディを感じるエクササイズです。

 

体を内側から感じるだけで楽になる

エクササイズといってもやることはシンプルで、基本的には体を内側から感じるだけ。それだけで十分にリラックスできるので本当に驚きます。

意識をすべて、思考と外界に消費しないことです。

どんなときでも、いくらかは、自分の内面を意識しているのです。

ぐるぐる思考や緊張感が続くときに思い出してやってみると、すごくラクになります。もし、「体を内側から感じる」というだけではよくわからないという方は、中野真作さんの本にもっと詳細な「感じ方」が書いてあるのでそちらを読んでみてください。「一番感じやすい両手の先にインナーボディの感覚を感じる」というところからスタートすると、それが特に「スピリチュアル」なことではなくて、ごく身近でリアルな感覚だとわかると思います。今思ったのですが、この体内のピリピリ感を、子供の頃は頻繁に感じていたような気がします。

※ちなみに中野真作さんの本は、「悟りをひらくと…」を、優しく柔らかくしたような本だなあと思います。エックハルトの「硬さ」についていけないと感じたら、読んでみてください。

 

体を内側から感じるという行為にこんなに力があるのは、おそらく本来の意識の働きがこれだからなのでしょう。思考と外界に向かうことは意識本来の仕事ではなく、体が留守になっている状態で、だから私たちは思考と外界に意識を向け続けている限り、不安や焦りの感情(体の反応)から抜け出せないのだと思います。

たとえば、うちの近所のスーパーは笑顔で明るい接客がモットーなのか、レジで笑顔でこちらを見て話しかけてくれるのですが、家にこもっている日などに行くと、こちらもそれなりに明るく応じなければという義務感を覚えるのか少し緊張します(笑)。先日レジに並んだ時に、意識しないレベルの不快感があったのですが、なぜかふとインナーボディのことを思い出しました。すると、ふっと息が漏れたように緊張が消えて体がラクになりました。

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抵抗から許しへ

とはいえ、十年近く前にこの本を初めて読んでインナーボディを感じることを試したときには、まったくぴんとこなかったのです。中野真作さんの本で再会し、初めて効果を実感したというわけです。

同じ章にインナーボディに意識を集中されようとしたら不快になったという相談への解答が載っています。それは「感情のかす」のためだといいます。通常であれば現れては消えていくはずの感情が、意識が向けられないために残り、「マイナスのエネルギーを糧にして生きる」ペインボディになってしまっているというのです。感情を処理するため、まずは感情に意識を向けることが勧められています。それは、

感情について考えることではありません。感情をありのままに受け入れられるように、ひたすら観察し、感じることです。

意識をすべて向けることは、ありのままに受け入れることを意味するからです。

また、受け入れることは、「許す」ことでもあります。

思考が、悲嘆、自己憐憫、憤慨などの感情を強める「愚痴こぼし」パターンを描いてい(る…)なら、何か/誰か を許していないことを意味します。

許すことは「人生に抵抗しないこと」、「人生をあるがままに受けいれ、全身で受けとめて生きること」(…)思考は「許すこと」ができません。許すことができるのは「ほんとうの自分」だけです。

別の箇所でエックハルトはこうも書いています。

いつでも「いま、この瞬間」を「Yes!」と言って、抱きしめるのです。「すでにそうであるもの」に抵抗することほど、無益なことがあるでしょうか? いつでも「いま、この瞬間」である「人生」に逆らうこと以上に、非建設的なことがあるでしょうか? 「あるがまま」に身をゆだねましょう。人生を「Yes!」と言って、無条件に受け入れましょう。そうすれば、向かい風だった人生が、突然追い風に変わっていくのを体験するでしょう。

「そりゃあ『ほんとうの自分』とやらになって許したい、あるがままに受け入れたい。抵抗ををやめたい。でも、それができないからつらいんだよ」と思いますよね。別の箇所でエックハルトはとてもおもしろい、けれど言われてみれば納得のことを言います。それは「思考と抵抗は同意語」だということ。

できることはすべてしなさい。それと同時に、「すでにそうであるもの」を受け入れるのです。思考と抵抗は同意語ですから、事実を受け入れた時点で、思考から解放され、「大いなる存在」と、ひとつにつながることができます。するとエゴは、恐れ、強欲、コントロールなどの、「にせの自分」の防衛と助長ができません。思考よりはるかに偉大な「インテリジェンス」がコントロールの座につき、エゴ的意識とは、まったく別の意識が、行動に反映されるようになります。

だから、

【抵抗をやめること=思考から解放されること=いまにあること=インナーボディを感じること】

これらは全部ひとつのことです。

 

多くの優れた本がそうですが、解放された生のために必要な情報は、ある意味ですべてこの本に書いてあります。「理論的なこと、生についての〈情報〉はもう充分」という方であれば、あとは日々の実践あるのみです。実践することがあまりにもシンプルなので、「まさかそんな簡単なはずはない…」とさえ思ってしまいますが、気楽に実験してみましょう。私もやってみます。

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