努力すれば夢は叶う。けれど、努力するためには魔法が必要だ。/『人生の扉を開く最強のマジック』

劣悪な環境で育った少年が中学二年の夏休みに、ある女性から「マジック」を教わり、スタンフォード大学の脳外科医となるまでの話。

定番の「マジック」

この本で紹介されているマジックはスピ本を読みついできた人には特に目新しいものはないだろう。

・習慣的な瞑想によって、思考と感情が自分ではないことを知り、心を手なづけること。

・願いはすでに叶ったと思い、その喜びを深く浸ること。

基本的にはこの2つを地道に続けることだ(もうひとつ重要なものがあるが、あえて割愛する)。

スタンフォード大学医学部臨床神経外科教授

新鮮なのは、彼が実在する脳外科医である点だ。彼はスピリチュアルの「マジック」を使って、グルになったわけでも、自己啓発セミナーの講師になったわけでもない。なんだかよくわからないビジネスでお金持ちになったわけでもない。泣く子も黙る「スタンフォード大学医学部臨床神経外科教授」になったのだ。彼は夢を叶えた。願いどおり、「みんなが一目置く」人物になった。

それだけではない。彼は億万長者にすらなった。豪邸、ポルシェ、美女といった中学二年の夏にほしいと願ったものはすべて、いやそれをはるかに上回るものを手に入れた。そして、ある日すべてを失った(このあたりはの記述は『「ザ・マネーゲーム」から脱出する方法』を思い出させる)。

すべてを失い、ほしいと思ったものを手にいれた自分が決して幸福ではなかったことに気づいた彼は、いわゆる「善人」になる。思いやりに目覚め、ダライ・ラマと面会し、共感の力を医療の世界に広げる取り組みを行う(本の最終部であるこのへんは正直退屈だ)。

脳外科医が実名でスピリチュアルの力を自伝的に書いたところがおもしろい。とはいえ彼は、あとからわかったこととして神経可塑性やら交感神経がどうのといった医学的な根拠を書いていくことを忘れないのだが(このあたりは『あなたという習慣を断つ』を思い出させる)。

 

必死の努力で願いは叶う

「マジック」には力がある。そのことは信じていい。本書を読めば明らかだ。しかし、おもしろいのは「マジック」の力の現れ方だ。

願いは、身も蓋もない言い方をすれば、当人の必死の努力によって現実化していく。

瞑想だけしていても、脳外科医にはなれない。大学に入り、メディカルスクールの面接を受け、ハードな研修をこなさなければならない。ベッドの上で医者になった喜びに浸っているだけでは人間の頭を切ることはできない。 すべてが難関だ。実際、彼は懸命に努力した。

なんだ、と思うだろうか。

しかし、人はその努力ができない。まず、必死の努力の前にあるささやかなチャンスを見逃す。もし運良くそれを見つけたとしても、ちょっと壁にぶつかるとがっくりうなだれて踵を返してしまう。ドアをノックすること、ノックし続けること。それには必ず扉が開くという確信が必要だ。

彼は「マジック」、つまり瞑想と潜在意識の力によって、脳波に乱れが少ない、つまりストレスに強く感情に支配されない、極めて思い込みの強い男になった。

別の言い方をすれば、彼は、望むものを手に入れることを自分に許可し、許可しつづけ、自己確信を養った。だからこそ、誰よりも努力できたのだ。

それだけのこと

それだけのことか、という気分になる。

しかし、人は「それだけのこと」にいつも足元をすくわれるのだ。

そしてそれは、ときどき得体の知れないポジティブシンキングのように見える「引き寄せの法則」とか「潜在意識の力」の単純明快さを示しているようで、からっとした気持ちにしてくれる。

読み物としてとてもおもしろい。私はここで導入部分を読んで引き込まれ、すぐに購入した。

https://cakes.mu/posts/14493

※ちなみに彼がルースという女性から教わった時に見逃し、だからこそすべてを手に入れて失うというゲームに興じることとなった「マジック」を、私もあえて見逃している。だってこの本に書かれた刺激的なゲームはとても魅力的だから。

 

ゼロ秒思考メモを始めた。

この記事を参考に、先々週くらいからゼロ秒思考メモを始めたらすごくいい。

toricago.hatenablog.com

一日目は五十枚くらい書いたんじゃないかと思う。

頭がすっきり!という実感までは至っていないが、「あ、そうか」という気づきがたくさん出てくる。もやもやが減っているのを感じる。

考えないで書き、メモのクオリティなど気にしないところがとてもいい。あれこれ気にしないことと、ノートではなくコピー用紙を使うこととは深いつながりがあると思う。検索性はあまりよくないけれど、もし変なことを書いちゃっても捨てればいいやという心理的な軽さがある(ノートを破るのは抵抗があるし、破った事実が残る感じがする)。それから量がかさばるところがいい。吐き出したぞ、というリアリティがある。

ゼロ秒思考メモは、箇条書きで数行。余白多めでコピー用紙を贅沢に使う。緻密な思考とか、ぎちぎちに詰まった感情をびっしりとノートに書き込むよりも、感情や思考の吐露に余白が生まれる。思考は思考を導き、以下果てしなくつづくけれど、じつはそれが途切れたところにヒントや解決策、思いがけない発想がある。箇条書きでそれが生まれやすくなる。

感情をコントロールするよりも手放す(セドナ)。悩みをなんとかするよりも吐き出す(ゼロ秒思考)。そうして自分を軽くすることで、吸収力と行動力が高まるんじゃないだろうか。

ゼロ秒思考

ゼロ秒思考 頭がよくなる世界一シンプルなトレーニング

ゼロ秒思考 頭がよくなる世界一シンプルなトレーニング

今日のスタンプ:返事下書き中

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こちらに入ってます。

store.line.me

【買った】Anker PowerLine USB-Cケーブル。猫に噛まれても大丈夫そう。

手持ちのUSB-Cケーブルを実家に置いてきてしまったので、買うことに。
せっかくなのでしっかりしたものにしてみた。

Anker PowerLine USB-C & USB 3.0ケーブル【防弾仕様の高耐久ケブラー繊維】。

防弾仕様!

赤!

グレーのケースがついてる。(写真では黒っぽく写ってるけど)

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不穏な愛、破滅する日本ー映画『風立ちぬ』についての覚書

なぜかいま突然、宮﨑駿の「風立ちぬ」について書いてみたくなった。日本はやばいよ、という話題をツイッターなどで見るたびに、「ニッポン、ハメツする」という台詞を思い出すのだけど、会社で言ってもぽかんとされる。あの映画で一番印象に残ったのは私にはあの台詞と台詞回しなのだけど、意外と知られていない。

不穏な愛

「風立ちぬ」はすごくいい映画で、すごくいやな映画だ。男の身勝手さがすごいし、女の情熱が不穏。他人が入れない世界で、見ている者は排除されて、でも美しく、混じりけがなく、止めようがない。それがとても怖い。怖いけれど、その怖さについて他人がどうこういうものでないのは、ふたりが他人に何も求めていないからだ。ふたりはお互いにさえ、何も求めず、期待していない。ただ自分を貫き、相手をそのまま受け入れる。この映画はちょっとイヤミスみたいなところがあり、最近お気に入りの「キラー・インサイド・ミー」を思い出す。ようするに、サイコパスに惚れる女もサイコパスなんだろう。愛の不可能性というか、実在する愛は本質的に危険なものだと思わされる。まったく温和なものではない。そしてそれは美しいものでありうる。

美しい国

それとこの映画で思い出されるのは日本の景色だ。美しい国、というとあまりにもただそれだけのこと以上の意味をもたされてしまうけれど、日本らしい景色というのは多分確かにあって、瑞々しい緑とかこじんまりとした建造物のしんとした気配とか、そこにさらさら吹く風とか夕焼けとか、それは美しいもので、壊れる時には胸が痛い。大震災の描写はいかにも漫画的表現なのだけど、いつ見ても身につまされて心拍数が上がる。

演者について

声優について書くと、堀越二郎を演じたのが庵野秀明で、これは本当に秀逸だ。主演によくこんな演者を当てたものだと思う。そういう決断ができるのが作家なんだ。「牛だ」という一言が初めて見たときから忘れられない。里見菜穂子は瀧本美織が演じていて、あまり賞賛されている様子がないが、これは出色の出来だと思う。ソニー損保のCMではまったくわからなかったが、声が美しく毅然として色気がある。

そういうわけで、「風立ちぬ」は宮﨑駿のラストになりませんでした。

風立ちぬ [DVD]

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エゴの克服は映画になるか?(『リボルバー』)

これも精神世界的世界観が露骨な映画で、『バニラ・スカイ』よりも直球だし、普通に見たら馬鹿らしく思えるのではないかと思う。一応、楽しく見たが、そのあとに『キラー・インサイド・ミー』などの映画らしい映画を見るとやはりちょっとどうかと思う。

どうかと思うのはこれが教育映画だからだ。精神世界を真正面から描き、クライマックスで明白にエゴの克服を迫る。

「俺はお前だ」

「お前は俺じゃない」

「彼が仕掛けた最大のペテンは、彼は君だと君に信じ込ませること」

そういうのが好きならおもしろいし、そうじゃないとなんじゃこりゃとなる。「俺≠お前」は映画のためのアイデアのひとつ、ではない。だからオチがどうこう、というものでもない(そもそも映画のためにアイデアやストーリーが存在するという思考が間違っている)。

といって、私はこの映画をよく理解したというわけではない。
いくつか警句が出てくるがそれもよくわかっていない。

ちなみにジェイソン・ステイサムは坊主の方が100倍かっこいい。でもラストシーンではかっこよく見えてきた。それと敵役の人が何かとパンツ一丁で日焼け部屋で仁王立ちしていてダサくて印象に残る。すると、次に見たアイスマンにも似たような役で出ていた(レイ・リオッタ)。

精神世界界隈では繰り返し何十回も見た人もいるらしいから、思い出したらまた見てみよう。

必然性に対する安堵の感覚(『キラー・インサイド・ミー』と『スライディング・ドア』)

キラー・インサイド・ミー

『キラー・インサイド・ミー』(原題: The Killer Inside Me)を見た。(以下ネタバレあり)

幼年期のトラウマを引きずるサイコパスによる連続殺人。淡々とした描写、サクサク非情な殺人が進んでいく。犯人は極端なまでに善良な市民だったし、これからもそうであり続ける。殺す理由が道義に合わないだけではなく、あるべき憎悪や狂気さえ見当たらない。ただそうせざるを得ないから殺す。激しい暴力描写にあるはずの痛ましさは、不思議と取り除かれている。なぜか被害者がかわいそうではない。特に愛された女たち。彼女たちは彼の欠損に反応し、惹かれてそこにいる。彼に傷つけられるために。「仕方なく殺した。皆の運命は最初から決まってた」という犯人の言葉に同意したくなる。もう誰も傷つけたくないという彼の言葉も、真実なのだろう。行動がそれを裏切るのは、必然性のためだ。

たくさんの人が巻き込まれる悲惨な事態なのに、絶望よりも必然性に対する深い安堵の感覚が勝る。

スライディング・ドア

『スライディング・ドア』という、全体的にサラッとしていて、いかにもグウィネス・パルトロー的な、まったく大した映画ではないのだけれど、としつこく前置きしたくなる、けれどずっと昔に見て以来なんだか忘れられなかった映画が、アマゾンプライムビデオにあったので見返してみたら、やはり90年台後半的な閉塞感にあふれた、おしゃれなグウィネスをたくさん見せることを重視したどうってことのない映画という感じだったのだけれど、ああ、そうかと合点がいったのは、必然性というものに対する安堵をさらっとわかりやすく表現したものだったからだ。

If もしもの世界で、選んだ扉によって人生はそれぞれ違った展開を見せる。生じる行為と感情はまったく別のものだ。しかし生命の誕生や死といった肉体に関わる一切は、行為に関わらず決定されている。精神に関わる愛する人との出会いや別れも、時間のズレはあるが、ある決定された地点に収束していく。感情的な波乱は、心身の生成変化には本質的には関与しない。単なる装飾にすぎないのだと思わせる。

仕方がない。人はこの世界に否応なく巻き込まれていく。地下鉄のドアが閉まる前に飛び乗れても、乗り遅れても、大筋は変わらない。それを「自然」という。

カスタマーレビューで酷評されていておもしろい。

 

 

ミラクルひかるの愛と挑戦

いいなばのっ…しろうさぎっ!!(因幡の白兎)

ミラクルひかるがいる限り、「宇多田ヒカルものまね」というジャンル一帯は絶えず火炎放射器で焼き尽くされ、草一本生えない。自明である。しかし私が、ミラクルひかるの才能に本当の意味で触れたのは宇多田ヒカルによってではなく、浅野温子の「よみ語り」のモノマネを通してだ。ヤマタノオロチ、因幡の白兎……いまでもYoutubeで見られるだろうか。衝撃だった。

古事記を「よみ語り」する浅野温子

浅野温子が「よみ語り」なる特殊な芸を演じていることは知っていた。船越英一郎がナビゲートする番組、「ソロモン流」で紹介されていた。「ソロモン流」でいうところの賢人・浅野温子は、日本各地の神社をまわり、仲の良い脚本家に現代語訳させた古事記を、ひとり読み、演じている。

 

文化的で意欲的な試みである。真摯な気持ちで取り組んでいることがひしひしと伝わってくる。しかし、なんとも形容しがたいものであったことは事実だ。笑ってはいけない空気と、「……でも、どうなの??」と問い正したくなる感じ。しかし大人はそれを、流す。何度かうなずいて、そっとチャンネルを変える。批判するようなことじゃない。本人がやりたくてやり、お客さんも見たくて集まってるんだから。外野がとやかくいうことじゃない。大人なんだから、ね……でも、これってなんなんだろう。これって、いったい……。

パッションをパッションで返す

そう、それは浅野温子による「よみ語り」である。そう高らかに宣言するかのように、ミラクルひかるは受け止めたボールを、打ち返す。「浅野温子のよみ語り」を、ものまねという形式で演じることによって、私たちがうすうす感じながらも勇気も技量もなくて表現できなかった何かをあらわにする。それは決して浅野温子やその取り組みを辱めるためのものではなく、「なんていうのかな……でもこうだよね!!」と温子のパッションを、パッションで返す試みだ。

「よみ語り」に宿る浅野温子の情熱の輪郭をあらわにすること。それによって、私たちが大人としてやり過ごし、ぬぐいさろうとした違和感は肯定され、昇華される。そしてボールは浅野温子に返される。「あなたの情熱ってこうですよね!!ね!」と迫るかのようだ。むろん、勝手に受け取ったボールを打ち返したところで、温子に応える義務はないのだが。

ものまねは失礼か

ものまねをする人は、ものまねされる人を馬鹿にしているのだろうか。そう突っ込めば当然のごとく、「馬鹿になどしていない」と返すだろう。その言葉におそらく嘘はない。ただし、ある人の言動のすんなりとのみ込めない違和感をあらわにするのがものまねなのだとしたら、それはたしかに寝た子を起こす行為でもある。けれど、そこに子が眠っていることは、広く知られるべきことだ。そしてそれは、ものまねされた当人にとってこそ大きな意味があるだろう。だって眠る子供は多くの場合、宝なのだから……。

さて当然のことながら、すべてのものまねがそうした自己対峙を求めるものではない。たとえば椿鬼奴の桃井かおりは、初めから確固たるネタであり、桃井かおりはそのオリジナルソースを提供する者として安全な位置にいる(数年前、犬の糞をアボカドに混ぜてパックするとかいう桃井かおりネタをやっていたときは、安全とは言い切れなかったが)。一方、ミラクルひかるに真似される者は、生々しい自己に思いがけず出会わされてしまうことだろう。たとえば浅野温子なら、唯一無二の雑さ、のようなものに。

さて唐突だが最後に、ミラクルひかるによる美空ひばりの「東京キッド」に目を向けてもらいたい。これは秀逸である。モノクロで再現された「東京キッド」は、エンターテイメントに対する愛を感じさせて感動的だ。美空ひばりが生きていたら、ミラクルひかるをどんなふうに評しただろう。そんなことを書いてきれいにまとめたつもりである。

 

関連記事
http://changelog.biz/miracle-hikaru/

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犬、それはLOVE©nemotonemo

 

この本は、お金についてのバイブルだと思う。/ 心屋仁之助『一生お金に困らない生き方』

心屋仁之助氏の『一生お金に困らない生き方』を再読した。

出会いと私の経験

心屋仁之助の本を読んだのは、これが初めてだ。しかも、コンビニで買った。

いつもは立ち寄らないコンビニの雑誌コーナーで、ずばりタイトルが目に飛び込んできた。

「これを買うのかー」と、自分の直感に戸惑いながら、しかし直感に従って買った。もっとも心屋さんのブログはそのときすでに読んではいた。

それがだいたい一年半前の夏で、それから収入は多少なりとも増えたが、数字以上に、根本的なところにある不安が薄くなったのが大きい。あまり意識していなかったが、お金を使うことに対する恐怖は以前に比べると格段に減ったと思う。

最重要ポイント

お金の問題の最重要ポイントは、「存在給」だ。存在給とは、ただ存在するだけで、自分が受け取っていいと自分に許可している金額のこと。自分で許可する、ということからわかるように、存在給は自分で決めるものだ。

「存在給」に至る議論をざっくりまとめると、次のようになる。

  • お金によって得たいと思っているのは、安心感や自由という豊かさだ。
  • それは、お金によっては得られない。(例:いくら稼いでも不安なお金持ち)
  • 安心や自由は自分で自分に許可すること、いわば自信によって得られるものだ。

つまり、ここで話は逆になる。

「安心や自由を手に入れるために、お金を手に入れよう。」

から

「お金(=豊かさ)を手に入れるために、安心と自由を自分に許可しよう。」

へと。

この、自分に許可する度合いがそのまま、存在給へとつながる。どれくらい安心していていいか、自由でいていいかを人は無意識に自分に対し、制限している。そしてその価値が低いから、=不安だから、お金を得ようとがんばっている。

つまり、「がんばらない自分の価値」=存在給なのだ。

とてもわかりやすく、かわいいイラストを引用させていただく。

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もしちょっとでもひっかかるなら、がんばらない自分の価値を自分でどの程度に見積もっているか、そしてそれを上げてみるとしたら? なんてことを考えてみてほしい。おもしろいことが起きるかもしれない。

心屋本の中でも、特におすすめ

今回再読して、やはりこの本は素晴らしいなと思った。心屋さんは本をたくさん出している。だいたい初期の頃のほうが、文章量が多く、伝えようという意欲にあふれている(笑)。でも、濃ければいいかというと、そうとも限らない。私が一番好きなのは、この『一生お金に困らない生き方』だ。ゆるさとまじめさがちょうどいい。出汁のうまさがちょうどよく感じられる。このシリーズは、イラストもすごくかわいいのだ。

こちらもおすすめです。

以前すごくざっくりと心屋本を紹介した記事

changelog.biz

 

今日のスタンプ:全身でよろこびを表現する猫たち

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こちらに入ってます。