月別アーカイブ: 2016年11月

思考の終わり、解放のはじまり エックハルト・トール「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」

精神世界でピンクのニットベストといえばこの方、エックハルト・トールさんです。今日は、非二元関係の本でも言及されることの多い彼の、デビュー作である「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」(原題 The Power of NOW)を紹介したいと思います。精神世界の基本の書のひとつであり、過去に読まれた方も多いはず。私にとっても一冊丸々再読したのは久々でした。

思考の時代の終わり

理知的で綿密、きわめて実践的かつ実利的な本です。それは驚くほど硬派で逃げ道を残さないことも意味します(笑)。1999年にアメリカで出版された際には、おそらくスピリチュアル本の ”スピリチュアルな” イメージを大きく変えたのではないでしょうか。だからこそ、今に続く精神世界の本の基礎となったのだと思います。

本書のメッセージを一言でまとめると、「思考の格下げ」。思考なんてそんなに大したものじゃないよ、というメッセージが続きます。

自由への第一歩は、自分の思考は「ほんとうの自分」ではない、と気づくことからはじまります。

思考力重視の傾向は、人間の意識が進化していく過程の、ひとつの段階にすぎないので

意識なくしては思考は生まれませんが、意識は存在するために、思考を必要としません。

さとりをひらくことは、思考を超えたレベルに到達することです。

では、どのようにして、思考から離れればいいのでしょうか。エックハルトがあげるシンプルで力強い方法が、インナーボディを感じるエクササイズです。

 

体を内側から感じるだけで楽になる

エクササイズといってもやることはシンプルで、基本的には体を内側から感じるだけ。それだけで十分にリラックスできるので本当に驚きます。

意識をすべて、思考と外界に消費しないことです。

どんなときでも、いくらかは、自分の内面を意識しているのです。

ぐるぐる思考や緊張感が続くときに思い出してやってみると、すごくラクになります。もし、「体を内側から感じる」というだけではよくわからないという方は、中野真作さんの本にもっと詳細な「感じ方」が書いてあるのでそちらを読んでみてください。「一番感じやすい両手の先にインナーボディの感覚を感じる」というところからスタートすると、それが特に「スピリチュアル」なことではなくて、ごく身近でリアルな感覚だとわかると思います。今思ったのですが、この体内のピリピリ感を、子供の頃は頻繁に感じていたような気がします。

※ちなみに中野真作さんの本は、「悟りをひらくと…」を、優しく柔らかくしたような本だなあと思います。エックハルトの「硬さ」についていけないと感じたら、読んでみてください。

 

体を内側から感じるという行為にこんなに力があるのは、おそらく本来の意識の働きがこれだからなのでしょう。思考と外界に向かうことは意識本来の仕事ではなく、体が留守になっている状態で、だから私たちは思考と外界に意識を向け続けている限り、不安や焦りの感情(体の反応)から抜け出せないのだと思います。

たとえば、うちの近所のスーパーは笑顔で明るい接客がモットーなのか、レジで笑顔でこちらを見て話しかけてくれるのですが、家にこもっている日などに行くと、こちらもそれなりに明るく応じなければという義務感を覚えるのか少し緊張します(笑)。先日レジに並んだ時に、意識しないレベルの不快感があったのですが、なぜかふとインナーボディのことを思い出しました。すると、ふっと息が漏れたように緊張が消えて体がラクになりました。

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抵抗から許しへ

とはいえ、十年近く前にこの本を初めて読んでインナーボディを感じることを試したときには、まったくぴんとこなかったのです。中野真作さんの本で再会し、初めて効果を実感したというわけです。

同じ章にインナーボディに意識を集中されようとしたら不快になったという相談への解答が載っています。それは「感情のかす」のためだといいます。通常であれば現れては消えていくはずの感情が、意識が向けられないために残り、「マイナスのエネルギーを糧にして生きる」ペインボディになってしまっているというのです。感情を処理するため、まずは感情に意識を向けることが勧められています。それは、

感情について考えることではありません。感情をありのままに受け入れられるように、ひたすら観察し、感じることです。

意識をすべて向けることは、ありのままに受け入れることを意味するからです。

また、受け入れることは、「許す」ことでもあります。

思考が、悲嘆、自己憐憫、憤慨などの感情を強める「愚痴こぼし」パターンを描いてい(る…)なら、何か/誰か を許していないことを意味します。

許すことは「人生に抵抗しないこと」、「人生をあるがままに受けいれ、全身で受けとめて生きること」(…)思考は「許すこと」ができません。許すことができるのは「ほんとうの自分」だけです。

別の箇所でエックハルトはこうも書いています。

いつでも「いま、この瞬間」を「Yes!」と言って、抱きしめるのです。「すでにそうであるもの」に抵抗することほど、無益なことがあるでしょうか? いつでも「いま、この瞬間」である「人生」に逆らうこと以上に、非建設的なことがあるでしょうか? 「あるがまま」に身をゆだねましょう。人生を「Yes!」と言って、無条件に受け入れましょう。そうすれば、向かい風だった人生が、突然追い風に変わっていくのを体験するでしょう。

「そりゃあ『ほんとうの自分』とやらになって許したい、あるがままに受け入れたい。抵抗ををやめたい。でも、それができないからつらいんだよ」と思いますよね。別の箇所でエックハルトはとてもおもしろい、けれど言われてみれば納得のことを言います。それは「思考と抵抗は同意語」だということ。

できることはすべてしなさい。それと同時に、「すでにそうであるもの」を受け入れるのです。思考と抵抗は同意語ですから、事実を受け入れた時点で、思考から解放され、「大いなる存在」と、ひとつにつながることができます。するとエゴは、恐れ、強欲、コントロールなどの、「にせの自分」の防衛と助長ができません。思考よりはるかに偉大な「インテリジェンス」がコントロールの座につき、エゴ的意識とは、まったく別の意識が、行動に反映されるようになります。

だから、

【抵抗をやめること=思考から解放されること=いまにあること=インナーボディを感じること】

これらは全部ひとつのことです。

 

多くの優れた本がそうですが、解放された生のために必要な情報は、ある意味ですべてこの本に書いてあります。「理論的なこと、生についての〈情報〉はもう充分」という方であれば、あとは日々の実践あるのみです。実践することがあまりにもシンプルなので、「まさかそんな簡単なはずはない…」とさえ思ってしまいますが、気楽に実験してみましょう。私もやってみます。

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いま、思い煩うのをやめてみる。『ただそのままでいるための超簡約指南』

薄くてさくっと読めそうなところが気になって注文しました。実際、朝の一、二時間ほどで読み終えました。話はとても理論的。だけど小難しくなくて、フレッシュで明解です。んーなるほどねーと頭の中がすっきりします。誤解によって生じた生きることのわずらわしさを、「経験」という語を使って丁寧に、でもサクサク片付けていきます。

経験のみの世界

生からは何も得られない。生から何かを持ち出せるような外側は存在してない。生の蓄えをかすめ取って貯めこんでおけるような小さなポケットが生の外側についているなんてことはない。この瞬間の生に外側などない。

意識されている経験がすべてだ。そこから出ることはできない。

よく観察してみると、実際そのとおりなのです。生という経験がすべてで、その外部はありません。外部がないのだから生という経験から何かを得たり、反対に得られなかったりすることもないわけです。経験し損なう、ということはない。別の言い方をすれば、経験はすべてであって、選択・交換可能な部材のようなものではないわけです。わかります。わかるのですが……。

たいてい私は、次のように生きています。

「これじゃない、あれがいい。だからあれとこれをして、あそこにたどりつくように、がんばろう。どうしてこうなるんだろう。あの人と同じようにやってみよう。あの経験を得られるかもしれない。あの経験をしないと私はだめだ。でもあっちの経験ができれば私はかなりいい感じだ」

選んだり選べなかったりしながら、ある特定の経験をする。そう思い込んで生活しています。自分というものを成り立たせておくためには、何かを得たり、得なかったり、し損なったりしている演技をつづけ、経験の外部を演出しつづけなければなりません。人生の大半を不自然な思い込み(空想)への信仰に費やし、経験に対して「これじゃない、あれがいい」とジタバタして過ごします。これはひと仕事です。

 

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しがみつくのをやめる(本当はしがみつけないから)

この本の初めの方に、著者がつくったボストン禅公案がふたつ載っています。短くてシンプルでものすごく馬鹿馬鹿しいのですが、このバカバカしさは、わざわざ概念化という必死の努力をしたうえで思い悩むことのバカバカしさです。

実際にはこういう順序で起こっている。まず自分で思い煩って、そのあと、自分の本質であり存在している唯一の経験である開かれた気づきの状態を失ってしまったように感じるのだ。

必要なのは何かをすることではなくて、やめることです。抽象化の努力を全部やめることです。

自分とは、人生を通じてほとんど休みなく作用しつづける概念だ。「自分」という概念は、突き詰めてみれば、自分の経験とは何かしら別の、いくぶん隔たって存在している主体があるという思い込みだ。そう思っていると、経験には何かが欠落しているとか隠された要素があるということになる。

経験には隠された要素などない。解明される神秘など、どこにもない。すべてが神秘だ。そして神秘は今ここにあって、すでに明かされている。

 

私が日頃かなりのエネルギーをさいて行っている「これじゃない、あれがいい」という不自然な努力は、経験をなんとか遠ざけ、自分の輪郭を固めてその内容物を充実させようという努力です。けれど、ぜんぶ空想です。経験から何かを取り出して、そのポイントを自分という袋につめるという馬鹿馬鹿しい空想とそれにもとづいた健気な努力。これらをやめると、というかこれは一種の演技だと気づくと、そこには経験だけがあります。

生きるという経験がせつないのは、それが「しがみつけない」ことで成り立っているからだ。

自分の生の経験に縛られているように感じる人もいるだろう。ところが経験に触れたとたん、経験は溶け去る。自由は見つけださなければいけないものだとわたしたちは考えている。本当のところ、自由のほかには何も存在していない。”

経験をただ見ているとき、経験をよく観察しているとき、そこにどんな自分も見出すことはできない。実際、経験を取捨選択しないで注意深く見守っていれば、ゆっくりとわかってくる。誰も存在していなかったんだと。

 

……と、いうわけなのですが、すぐに「やっぱり生から何か得たいなー」ともぞもぞしだし、すぐに思いわずらうことがスタートするわけです(笑)。そこで、今日の表題。いま、やめてみること。

著者が最後に勧めるのは、断酒と同じ方法です。今、この一時間、あるいは今日だけ思い煩うのをやめてみること。そして世界の見方が徐々に変化していくとのことです。

こう書いていると不思議なことに、あれ? 何を求めてたんだっけ?というむずがゆさがやってきます。もしかすると、いやもしかしなくても、私は演技を続け、演出に奔走し、思い煩いつづけたいのかもしれません。昨日の自分が消える温泉でも思ったのですが、悟りや解放を求める物語から離れようとしているのかもしれないですね。

 

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追記 ヒロさんにご紹介いただいたおかげで、たくさんの方にこの記事を読んでいただけているようです。ありがとうございます。せっかくなのでおすすめ記事を貼っておきますね。

http://changelog.biz/toorisugiteiku/

http://changelog.biz/watashitoiuyume/

仕事が苦しいとき(できれば初期段階で)読みたい本『仕事は楽しいかね』

2001年の出版以来ロングセラーを続ける本書。仕事に行き詰った35歳のサラリーマンが、足止めされた空港で老人と出会います。ビジネス系自己啓発書にありがちな師弟の対話形式でお話は進んでいきます。

ホリエモンと重なるメッセージ

「目標はいらない」、「あらゆることを試す」といった本書のアドバイスは新鮮です。ホリエモンがいま「馬鹿になって、とにかくやれ」とハッパをかけている内容と似ていますが、それでもはっとするのはリスクを恐れずに馬鹿になることは意外なほど難しいから。私たちはついつい目標を設定し、計画を完璧に実行しようとしてしまいます。そして目標に到達できない自分を責め、仕事の楽しさはどんどん減っていきます。


ささいなことを変えてみる、試してみる。

この本は大きなリスクを取れとは言いません。大きな変化も要求しません。ただ、試してみることだけを求めます。ささいなことを、けれどあらゆることを変えてみる。仕事のいつものやり方を、工場の照明の明るさを、休み時間の過ごし方を変えてみる。何を変えるかは、三つのリストを作れば簡単にわかるといいます(↓リストの紹介は下に)。

 

試すこと、それ自体の力。

仕事も人生も、「完成、これで終わり」というわけにはいかないことも、変化は避けがたいことも理解しているはずです。それなのに、まるで完成があるかのように、変化が避けられるものであるかのように、私たちは生きています。あらゆることを試すこと。その結果よい方法を見つけられるというだけでなく、驚くことにただ試してみること自体に、私たちは楽しさを感じ、やる気は引き出されます。結局のところ、人生は壮大な、けれど遊び心あふれる実験にすぎないのかもしれません。

 

仕事に行き詰まっているとき、完璧主義の自分に苦しめられているとき、現状を打破したいけれど何をしたらいいかわからないとき、読みたい本です。

 

以下、引用します。

『試してみることに失敗はない』

◯人生は思い通りにならない
僕は人生の中で何をすべきかなんて、問いかけなくなった──どうせ、人生なんて思いどおりにはならないからね

◯目標はいらない
たいていの人は、マンネリ化した生活から抜け出すために目標を設定する。だけど、いいかい、今日の目標は明日のマンネリなんだよ

◯(例外)目標はひとつ
僕がいままでに掲げた目標が一つだけある。聞きたいかね?
明日は今日と違う自分になる〟だよ。

◯遊び感覚と成り行き
これは僕の大好きな言葉の一つなんだ。 〝遊び感覚でいろいろやって、成り行きを見守る

◯チャンスは手数
頭にたたき込んでおいてほしい。何度となく〝表〟を出すコインの投げ手は、何度となく投げているのだということを。

◯先に決める
惚れ込むことのできる車がほしいなら──まずこの車だと決めて、それから事実を調べること。きみが車を選ぶんじゃない──車にきみを選んでもらうんだ」

◯チェンジよりトライ
人は、変化は大嫌いだが、試してみることは大好きなんだ。

◯変えて変えて変えて、変える。
学ぶべきことはね、 あらゆるものを変えて、さらにもう一度変えること、なんだよ。

◯冒険者として生きる
さっき話した人たちはだれ一人、立派なビジョンを持って、それに向かって突き進んでいたわけじゃない。彼らはみんな、目標設定者でも計画立案者でも〈なかった〉。彼らは冒険者だったんだ。

 

「アイデアをいっぱい持つこと。ありとあらゆることをやってみること。明日は今日とは違う自分になること。そして朝を待ち焦がれる、幸せなサムライの一人になってくれ」

 

アイデアを生み出すための三つのリスト

  1. 仕事でやったミスのリスト
  2. 問題点、仕事に関してイライラすること(ほかの人の不平不満も)のリスト
  3. 仕事に関してやっているすべてのことのリスト
    (あらゆることを変えるために、〈あらゆること〉が何かを知る)

このリストを貼り、試してみるアイデアを毎日見つけて実行する。





究極に軽いリュック「ノースフェイス/フライウェイトリーコン」

家の中の物を処分し、徐々に空間が広がっています。洋服も選択肢がシンプルになってきました。これからは持ち物を軽くして、人生軽量化計画をますます推し進めていこうと思います。まず手をつけたのは鞄です。

フライウェイトリーコン(FLYWEIGHT RECON)黒、即買い。

昨日、オッシュマンズで見つけたザ・ノース・フェイスの超軽量リュック。フライウェイトリーコン(FLYWEIGHT RECON, 商品型番 NM81409, 6,264円(税込))

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薄い! 軽い! 存在がシャバい! けど、都会的でかっこいい!!
この軽さと薄さ、そしてお手頃価格に心奪われてしまいました。

 

今日まで愛用してきたのはMADENのDAN’S PACK。シンプルなつくりで、大きさも気に入り、これは同じ型の二つ目です。

比較画像

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リーコンと比べるとMADENは重くかさばって感じます。

 

フライウェイトリーコンの細部解説

中を開けてみるとこんな感じ。

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MacBook Pro 13.3インチを入れてみた感じ。余裕で入ります。ただ薄いつくりなので、背負い心地は微妙。

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雰囲気的にパッカブル(エコバックみたいにちっちゃくまとまる)ぽいなーと思いつつ、確認せず購入しましたがやっぱりそうでした。内ポケットをひっくりかえすと収納袋に。

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くるくるまとめて11675

コンパクトに。11676

背中はメッシュ。薄いけれどクッション性あり。
ひもも同じくクッション性のあるメッシュ素材。11687

(撮り忘れてこれだけ夜撮影)

 

THE NORTH FACEのロゴ部分(特に意味はない)11682

 

旅行時のサブバックとして開発されたロングセラー商品らしいです。重いバッグパックはホテルに置いて、これを持って出かけると。なるほど、かなり便利かも。私は旅行時はもちろん、普段からメインバックとしても使ってみようかなと思っています。ということはつまり、これまで以上に荷物を持たない方向へ進もう、という決意でもあります。

 

今日のスタンプ


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