チョン・ジヒョンの哀しい背中「ベルリンファイル」

どういうわけか気が重くて感想を書けないでいたのは、チョン・ジヒョン演じる大使館通訳職員が「接待」を行うシーンのためだろう。実際にはそのシーンは描かれないにもかかわらず、どうもそのことを思い出して疲れてしまう。独裁者による恐怖政治の下では命も簡単に奪われる一方で、こうした命に関わらないが魂を踏みにじられるような出来事が頻繁に起こり、女性や子供が安易に被害者となる。問題は、悪人とまでいえない者がそうした行為に手を染めて平然としており、被害者もまた変わらぬ日常をなんとか続けることで自己を保とうとする点だ。声をあげることができない。

悪人ではないふつうのひとですらそうなのだから、悪人の悪辣さは救いようがない。映画はエンターテイメントとして作られており、悲惨すぎ、残忍すぎるものは映らないし、ほのめかされもしない。クライマックス直前、彼らはある種不自然なほど紳士的に振る舞うが、現実はもっと容赦がないだろう。そのことが予感されて映画の外で暗澹たる気持ちになる。

さすがにこの映画では、「暗殺」でも見ることのできたファッショナブルなチョン・ジヒョンは見られない。ブラウスもコートも安っぽく、ベルリンの街で寒々しく時代錯誤的に映る。美しさは残酷な予感を掻き立てる。

北朝鮮人の暗澹たる役柄を演じながらチョン・ジヒョンはいくつかのシーンでいつものようにはっとさせる。幼い子供を亡くし、身をやつしながら現在の生活を続ける女が、疑いにまみれ疲れきって、薄暗い部屋で夫を見上げ、何事かつぶやくとき。腹を撃たれ血を流し、夫の腕に抱かれながら、ようやく本心を伝えるとき。この女に幸福があるなら、たしかに夫の胸のうちで、回復された信頼のなかで、死んでいくことだろうと思わせる。チョン・ジヒョン演じる女の生の温かみを感じることのできた唯一のシーンが、この死の場面だった。

なおハ・ジョンウが「暗殺」につづいて極めていい男の役であり、この人がキム・キドクの「絶対の愛」の男だとようやく知って、年のとり方に感嘆した。

ちなみに「10人の泥棒たち」、「暗殺」、「ベルリンファイル」と2010年代のジヒョン出演作を三作続けて見たうちで、一番映画として飽きさせず、よくできているのがこの「ベルリンファイル」だ。だが、不思議なことにまた見たいと思うのは、この作品でも、ジヒョンの出番も見どころも多い「暗殺」でもなく、最も予定調和で退屈もした「10人の泥棒たち」だ。

なぜなら「10人の泥棒たち」のチョン・ジヒョンはいつものように笑わせてくれるから。「ベルリンファイル」も「暗殺」も、明確にエンターテイメント作品として作られ、満足のゆく仕上がりであるにも関わらず、そこには克服しがたい現在進行系の哀しみが刻まれている。

血みどろの夏帆「東京ヴァンパイアホテル」

返り血を浴びながら、ヴァンパイアたちをぶった切っていく強い夏帆を見るだけでも楽しめる作品。というかそれが楽しめないと楽しめないかもしれない作品。女がぶっ飛ばされても全然死なず何度でも復活する感じはとてもよい。

ヴァンパイアホテルでの血みどろの争いや、恐ろしいグロテスクなホテルの内側を見ると撮影の苦労がしのばれる。アマゾンプライムビデオの潤沢な予算があるとはいえ、大量の出演者たちをコントロールして、血糊をぶちまけ、アクションあり、ほぼヌードのヌルヌル祭りありで、どれほど大変なことだったろう。そのうえルーマニアロケも敢行。この制作現場には絶対関わりたくないと思わされる。過酷さが画面から血のようににじみあふれ流れ出ている。

ルーマニアでのドラキュラ化する前の夏帆とルーマニア女子との恋愛が山椒のようにぴりりと効いている。ルーマニア語を無理やり話す夏帆もよい。かなり話せている感じがする(適当)。

わけのわからないまま血糊の吹き出す勢いで全10話だかが進むストーリーの救いは、ガールミーツガールというのか、女を救うのは女というのを徹底していたところで、男はひどいしほとんど出番がない。救うのはいつも夏帆で、鬼みたいになってしまった子も、ルーマニア人の彼女も、終盤唐突に未来への希望として登場する少女も、思えば全員救ったのは夏帆だった。夏帆はやたらかっこいい役どころで、すべてもっていくのだから、園子温による夏帆への「みんなエスパーだよ」についての贖罪だったのか。(「みんなエスパーだよ」はヒロインが二人いるとかなり世界がややこしくなることを明らかにした問題作だ。ヤンキーで三河弁の夏帆はとんでもなく素晴らしいヒロインだったのに、もうひとりのハロプロ系ヒロイン真野恵里菜との比重でなにがなんなんだか役割がわからないことになっていた。)ただ、血まみれの撮影は大変だったから結果的にプラマイゼロあるいはマイナスで贖罪にはなっていないような気がする。私が夏帆なら、園子温監督の仕事は怖いので次からはよく考えると思う。冨手麻妙さんも大変だったろうけど、先に狂ってしまえ!という感じの開きなおり感で園に打ち勝つ。

Kの髪型はインテグレートというかすごくレオンのマチルダ。マチルダは日本女性にどんだけのインパクトを残しんたんだろう。遠い目。あれって、そういえば、ナタリー・ポートマンなんだよね!って、思い出してびっくりするくらいに別のものになっている。マチルダはマチルダで生きて、大人になってる気がする。それくらい存在がくっきりしている。

ところで夏帆の役名がKというのは、夏帆のKで仮名のままだったのかね。

そういえばホテルの廊下の感じがどことなくキューブリックのシャイニングみたいだった。

 

トーシャ・シルバーの本

8月の終わりごろだったかに読んで、なんか自分の向きが変わった気がした2冊の本を紹介します。

第一弾『とんでもなく全開になればすべてはうまくいく』

『とんでもなく全開になればすべてはうまくいく』の方は、前から存在は知っていました。でも表紙の神秘に満ちたイラストが、手にとるのを躊躇させていて…ただなぜかそのときはふと手に取ったんですよね。多分タイトルに惹かれたんです。

想像ではいろんなメソッドがぎっちり細かく書かれてるのかなとか思ったんですが全然違ってて、実際はロスの占い師のエッセイって感じです。すごく気楽に読めます。明るくて、読み物としておもしろい。

基本的には自分でなんとかしようと悪戦苦闘することなんてないよっていう話です。

「神なしでは」ゲームがわかりやすいです。

「こんな経済状況ではまっとうな仕事を見つけるのは無理だ(神なしでは)」

「あそこでは駐車スペースは絶対に見つからない(神なしでは)」

実際には神がいるから、召喚しなよって話です。ユー、神にゆだねちゃいなよ。

ほかに印象なのは、「来たいものを来させてください。去りたいものは去らせてください。」という祈り。何度も繰り返し出てきます。

「来たいものを来させてください。去りたいものは去らせてください」「もしそれが私のものなら、ここに留まります。そうでないなら、何であれもっと良いものが代わりにやってきます」

 

神の秩序を呼び入れれば、何も心配することはない。すべてはすでに最高のものが選ばれているのだから、神にまかせよう、という考えです。

私の完璧な新しい道はすでに選ばれていて、正しいタイミングでやってきます。私はそれを受け取るべくステップを示されます。

友人や自分自身の楽しいエピソードとともに、何度もそう言われているうちに、気がラクになります。

神よ、私をひらいてください。たった今知るべきことを受け入れられるように。あなたが望む変化を受け入れられるように。

 

と、ここまでが第一弾の『とんでもなく全開になればすべてはうまくいく』です。

第二弾『私を変えてください』

第二弾は『私を変えてください』です。第二弾の翻訳が出たということは、一冊目は日本でも結構売れたんでしょうか。私も一冊目を読んで気をよくしたので、すぐに二冊目を読み始めました。

基本的に言ってることは同じです。でも、二冊目には祈りがたくさんあって、とてもいいです。より明確になっているような感じです。それに、作者のトーシャシルバーさん自体が、一冊目の本を出して成功しているので、より自信をもっている感じです。

「私を変えてください」という祈りは、人には どうしても、神がすべて完璧にとりはからってくれているということが受け入れられないときがあるからこそ、というか、普通はそうです。だからがんばってきたのだし、苦労してきたわけですから。だからこそ、「私を変えてください」なのです。

神を信頼できるものに私を変えてください。愛を受け入れられるものに、神が自分を愛するように自分自身を愛するものに、変えてくださいという、祈り。まずは、神にゆだねられる自分になれるように祈るのです。そしてある意味、それだけで充分なわけです。

私を力ずくで奪って、意のままにしてください。私はあなただけのものです。ただ私を力ずくで奪って、意のままにしてください。私をあなたのものにしてください。あなたは私のものです。私たちはひとつです。すべてはうまくいっています。

一冊目よりももっと、明確に、全面的な降伏の表現になっています。

それと、「いいえ」と断る力の大切さや、会ったあとすっかり疲れてしまう人とは関わらないようにといった現実的な教えもあります。

スピリチュアル街道で求められがちなある種の聖人のイメージに縛られる必要はないこと。それは、去るものは去らせるという祈りと通じるものでしょう。誰だって、自由なのです。自分だけ例外にすることはありません。去りたいところからは去りましょう。

乞うようにして誰かの感心を引く必要は、絶対にないのだ(…)歓迎されるところにいけばいい

たとえ誰かに世界最低のアイディアだと決めつけられても、それが起こることを神が欲しているならば―そして、余すところなく神に捧げられるならば―たしかに起こる。

 

私が読みがちなスピ本のなかでは異色ですが、すごくおすすめの2冊です。