「インナーゲーム」と思考を停止すること

引き続き、「思考を止める」を続けている。思考が始まるが、止める。ところで止めると書いてあると「やめる」ではなく「とめる」と読んでしまうし、「止める」と書く時も「とめる」と打っている。どっちなんだろう。どっちでもいい。

そういえば、思考停止の方法論は「インナーゲーム」のセルフ1を黙らせるのに似ていると思ったんだった。

すべてのことを行っているのはセルフ2なのに、いつもセルフ1がでしゃばって、ああでもないこうでもないとべちゃくちゃおしゃべりというか自己批判を止めないので、セルフ2は緊張してことを仕損じたりしてしまう。

対策としては元はテニスの教本なので、「(飛んでくる)テニスボールの縫い目を見る」とかテニスボールが地面を打つたびに「バウンス」、ラケットに当たるたびに「ヒット」と声をだすとか。これはほんとにすごくて、テニス初心者でもこれをやるとできてしまう。実際に甥っ子とテニスをやってみたらできた。驚くことに初めて打ったサーブもきれいに入った(1度目だけでそのあとは欲が出たのかダメだった)。身体はこの私(批判好きのセルフ1)が頭で考えて命令して動かしているわけじゃない。

「インナーワーク」を読みたいのだけど絶版でバカ高いので買う気にならない。「インナーゲームオブストレス」はあまりいい本ではなかった(別の人がほとんど書いてる)。「インナーゴルフ」を買ってみたが、まだ読んでない。でもこれは分厚いし、W.T.ガルウェイがちゃんと書いてるっぽい。ゴルフに興味がないからか。そのうち読もう。

とにかく考えるということは無駄。無駄というか、害悪、というのが真実のようだなあと予感はしている。試してみればわかる。考えないというのが最強ぽい。そのうち確信するだろう。