思考を停止する

昨日から「思考の解放・思考停止」というサイトを読んで、思考を止めることを実践している。といっても思考は次々に出てくるし、振り回されっぱなしで二日目は終わろうとしているけれどそういう思考も止める。

この記事も書くにはもう少し続けてみてからにしようかと思ったけれどそれについても考えるのをやめて書くことにした。何度も「書いてみようか」という思考が出てきたし現に書いているので書いているという感じだ。

もし自分の選択や行動に責任を負わなくていいとしたらどんなに気楽だろう。

振り返ってみれば考えても仕方がないことばかりだったし、人生はなるようになって、「あのときよく考えて決めてよかった」というような経験はまず思い浮かばない。何が熟考による選択で、何が考えなしの選択だったかという判別も難しい。

よかったなあと思いがちなのは勢いでやったほうだけれど、それはそのスリルが思い出に深く刻まれてるためじゃないかという気もする。まあこれもどうでもいい。

考えても考えなくても同じじゃないか、というのはあまりにも身も蓋もないけれどおそらく真実だ。

偉大な発明とか数学的思考とかはここでいう「考える」とは別のことのような気がする。クリアな空間で秩序が自律する思考のと、ノイズを撒き散らすような思考との違い……といっても、よくわからないからこれについての思考もやめる。

とにかく思考は湧いてくるのだけどそれを深追いするのをやめるだけでだいぶ気楽に、気が軽くなる。本当に気楽になってるのか? という思考が湧いてくるのでそれもやめる。

思考を停止する」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: よくわからないことは多い(思考停止メソッド) – changelog.biz

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