苦しみを終わらせる方法 /『なぜあなたは我慢するのか』V・ハワード

目覚めへと誘い、導く本

『なぜあなたは我慢するのか』ちょっと衝撃的なタイトルだ。でも原題は “ESOTERIC MIND POWER”。ESOTERICをどう訳すべきかわからないが、本文には「秘境的」と出てくる。「秘境的精神力」という感じか。とはいえ勝手な邦題ではない。本の書き出しと締めくくりの言葉がこの問いで始まっている。

あなたはなぜ我慢しているのです? (…)いったいなぜ、あなたを煩わせているものと歩調を合せようとするのです?

作者のヴァーノン・ハワードはアメリカの「光明思想家」だそうだ(本の扉にそう書いてある)。昭和55年に翻訳が出て、私の手元にあるのが平成8年の19版だ。今はもっと版を重ねていることだろう。ロングセラーだ。続編に『スーパーマインド』がある。構成も内容もかなり似通っているが、『スーパーマインド』の方が少し過激さが増しているかもしれない。

内容は目覚めへの誘い、目覚めへの道案内だ。彼の基本方針はこうだ。恐れや迷いに対しては解決策を与えない。答えを求める問いには答えない。恐れや迷い、問いそのものを無効化する。たくさんの例や哲学者の言葉などを引いて、断定的かつ魅力的な言葉で説く。
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一切の問題を解消する

不確実性

たとえば私たちは不確実性を恐れて、未来を確実なものにしようと必死になって行動している。お金を貯めたり、生涯のパートナーを得ることが重要だと感じるのは、確実でありたいと願うためだろう。確実ならば、安心できるからだ。でも実際は、安心とはそのようなものではない。問題は不確実性にはない。

不確実性を恐れてはならない。不確実性に恐れるべきものはなにもない。恐怖は、人間が彼自身の言葉に従って確実でありたいと望むことから起こる。しかしそれらの言葉は間違っている。千の不確実性を持ちながら一の不安もないということも可能である。

安心は不確実性の排除にはないということは、簡単に理解できる。不確実性が入り込んでくる可能性はいつでもあり、その不安はいつまでも消えないからだ。ならば、不確実性を初めから受け入れてしまうことだ。

到達地点

あるいは私たちは一生けんめいにどこかへ到達しようとしている。よりよい自分になりたい、人生をよいものにしたい、そんな強迫観念に近い欲求があり、だからここにいてはいけないと思っている。目的地を定め、自分をコントロールして歩まなければならない、と。

どこへ行くのか、など知らなくともよい。いやほんとうのところ、正しく真直ぐに行くにはどこに行くかなど一切考えてはならない。無心でいなければならない。足元を照らすのに古びたランプを使おうとしてはならない。古びたランプは百度も千度もあなたをこれまで導き損なったのである。「私はどこへ行くのかわからない、だがひとつだけわかる─わたしは古い道へは戻らないのだ」と、そう自分自身に言うのだ

古いランプは何度も私たちを「導き損なった」ことを思い出そう。そのランプは私たちに「人生」を見せてきた。私たちはそうして見る自分の「人生」をよくしたい、と思いこんできた。わたしたちはいい加減うんざりしなければならない。抜本的な解決が必要なのだ。人生に外側なんてない。(参考  http://changelog.biz/tadasonomama/

問題

ほんとうのところ、われわれは、われわれの問題に対立するから、われわれの問題をもちつづけるのである。孤独感はこれに対立しなければ、存在しなくなる。将来への不安と戦うことをやめれば、もはやかかる不安はなくなる。「悪しきものに抵抗(てむか)うな」

自分で「これは問題だ」と問題設定した問題を解決しようと躍起になり、人は不幸になる。そんなことをする必要は初めからない。問題設定をやめてしまえばいい。不確実性を受け入れ、どこへ行くのかを知る必要がないとわかったいま、そもそも問題はないはずだ。何も考えず、悩まず、やることをやるだけだ。

「私は答えを知らないのだ」

私がこの本で最も好きなのは次の箇所だ。情景が目に浮かび、詩のようだと感じる。

なにかについて答えが欲しいときはいつも街のざわめきへは耳を閉じ、そこから離れてじっとして、あなたのその分からぬものと一緒にいればよい。そしてただ静かに、「わたしは答えを知らないのだ」とだけ悟ればよい。それ以上のことをしてはいけない。

人は自分自身で苦しみをつくり、問題に問題を重ね、答えと救いを求める。自作自演に真面目につきあうのをやめたらどうなるというのか。ことはあまりにも、単純だ。

それなのに、なぜあなたは我慢するのか。

長期に渡って、繰り返し読みたい本だ。

 

 

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