『四つの約束』まとめと感想4

2019年2月24日

第3章 第ニの約束 何事も個人的に受け取らないこと

合意しない

さて、第2の約束においても問題となるのは「合意」である。自分のこととして受け取るというのは言われた事になんでも合意するのと同じだ。合意さえしなければ、毒もゴミも自分の中に入ってくることはないという。

毒を受け取ってしまえば平安が乱されることは間違いない。つまり、受け取ってから返そうとムキになるのをやめて、初めから受け取らなければいいのだ。

 

なぜ受け取る必要がないか

すべての人が夢の中に生きていることを思い出そう。全ての人はそれぞれの夢の中に、その心の中に生きている。だから私たちの見ている世界は同じように見えて、全く違うのだという。

このことをよくよく理解してみると、他人の言葉に合意すること、他人の言動を個人的に受け取ることの馬鹿馬鹿しさに気がつく。

ひとつの出来事を見る目は、その人が過去にしてきた合意の上に成り立っている。何がいけないことで何がいいことなのか、何が賞賛される行為か、すべては合意だ。その合意に支配されながら人はあたかも自分の意見を持っているかのように振る舞う。そうして、誰かや何かを批判したり、褒め称えたりするのだ。それを何か重要なものとして受け取るのは、ひどく馬鹿げている。

悪口ばかりを個人的に受け取らないのではない。褒め言葉もまた個人的に受け取るべきではないという。自分が素晴らしいことと素晴らしいと人に言われることは全く無関係である。

 

自分のおしゃべりも受け流す

さて、ここまで他人の言動を個人的に受け取らないという風にして捉えてきた。しかしそこには自分が自分について持つ意見も含まれる。自分の心のおしゃべりも自分のこととして受け取る必要はないという。個人的に受け取るか受け取らないかは私たちの自由である。それは選択だとされる。

 

素晴らしい効能

どんなことも自分のこととして受け取らないこと。これを実践し、身につけていくと、次のようなことが起こるという。

あなたは他の人が言ったりしたりすることを信用する必要がなくなってくることに気がつく 。あなたは自分だけを信じてればよい。他人の行動に責任はない。自分だけに責任がある。 これを理解すると、人の言い方や行動で傷つくことはなくなる。

何事も個人的に受け取らないこれができるようになると、誰もあなたを傷つけることができなくなる。何より素晴らしいのは相手の反応を恐れることなく、誰にでも「愛してます」と言うことができる点だ。 その時地獄はあなたに何の影響も与えていないのである。

 

まとめ

ここまで四つの約束のうちのふたつ、1. 正しい言葉を使うこと、2. 何事も個人的に受け取らないこと、を見てきた。

正しい言葉を使うことは、言葉が世界についての合意文だからだった。愛に満ちた正しい言葉を使えば、世界がそのようであるということに合意を重ねていくことになり、すなわち合意の総体としての自分の世界は愛に満ちたものに変化することになるだろう。

次に何事も個人的に受け取らないことで、人は他人に傷つけられることがなくなる。自分個人に向けられたものなど本当は何一つないからだ。人々は、自分を含め、自分自身の夢のなかでもがいているだけだ。私たちはそれをまともに受け取る必要はない。正しい言葉を使い、ただ愛したいだけ愛すればいい。

次回は3つ目の約束 思い込みをしないことを読む。

※まとめといっても厳密な引用、要約ではなく、私自身の解釈が混ざった状態で書いています。興味を惹かれたら、ぜひ本書にあたってください。