『四つの約束』まとめと感想9

祈り

最後の章だが章番号がない。「愛の祈り」に、私が連続記事をはじめるときに書いた寓話が出てくる。老人が胸の中に灯った美しい炎を若者に与える。それは夢を分かち合うということだ。ある意味で、この本がその炎なのだろう。古い合意に満ちた不幸な夢、いま私たちが見ている夢。それとはまったく違う新しい合意によって作られた幸福な世界は可能であるということ。そしてそれを分かち合うことができるということを示していると思う。

 

以上、なんとか最後まで記事を書いた。理解が追いつかないまま書き始めたし、まとめと感想がごっちゃになっていることもあり、あまり良い出来ではない。なので是非、興味を持ったらこの本自体を読んで欲しい。小さな本だが確実に力がある本だ。

昔からよく不思議に思うのは、そのとき理解できていなくても書かれていることが本当かどうかはわかる。 この本を十分に理解できてるとは言えないが、本当のことが書かれていることはわかる。

できれば少し経ったらまた改めてまとめを書き直したいと思う。その時には全く違ったものになる可能性がある。

思い出ー合意を破るとき

ところで第6章を読んでいる時にふと思い出したことがある。小学3年生の時だったと思うが、私は塾に通い始めた。親の知り合いが 経営している塾で、授業の後三者面談のようなものがあった。そこで塾長先生が、暗く狭い資料室のような部屋で私と母親にこういうことを言ったのだ。

「この子は固定観念が強いようだ。分からない問題があると空白にする。間違ってもいいから書くということをしなければならない」

この時、「固定観念」という言葉を初めて聞いた。深く頭に刻まれた。そしていつのまにか、私は正しい答えに執着する大人になった。間違うくらいなら何もしたくない大人になった。まるで予言のようだが、私たちはあのとき、3人で合意したのだ。私は固定観念が強い人間だ、正しい答えが分からないと空白にしておく人間だ、と。

でもあのときの私が答案用紙の答えのひとつを空白にしたのは、間違えたくないからでも、正しさに執着しているわけでもなかったと思う。小学三年生の私が個人的に受け取った塾長先生の言葉、あの合意を破るときがようやくきたようだ。