思考の終わり、解放のはじまり エックハルト・トール「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」

精神世界でピンクのニットベストといえばこの方、エックハルト・トールさんです。今日は、非二元関係の本でも言及されることの多い彼の、デビュー作である「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」(原題 The Power of NOW)を紹介したいと思います。精神世界の基本の書のひとつであり、過去に読まれた方も多いはず。私にとっても一冊丸々再読したのは久々でした。

思考の時代の終わり

理知的で綿密、きわめて実践的かつ実利的な本です。それは驚くほど硬派で逃げ道を残さないことも意味します(笑)。1999年にアメリカで出版された際には、おそらくスピリチュアル本の ”スピリチュアルな” イメージを大きく変えたのではないでしょうか。だからこそ、今に続く精神世界の本の基礎となったのだと思います。

本書のメッセージを一言でまとめると、「思考の格下げ」。思考なんてそんなに大したものじゃないよ、というメッセージが続きます。

自由への第一歩は、自分の思考は「ほんとうの自分」ではない、と気づくことからはじまります。

思考力重視の傾向は、人間の意識が進化していく過程の、ひとつの段階にすぎないので

意識なくしては思考は生まれませんが、意識は存在するために、思考を必要としません。

さとりをひらくことは、思考を超えたレベルに到達することです。

では、どのようにして、思考から離れればいいのでしょうか。エックハルトがあげるシンプルで力強い方法が、インナーボディを感じるエクササイズです。

 

体を内側から感じるだけで楽になる

エクササイズといってもやることはシンプルで、基本的には体を内側から感じるだけ。それだけで十分にリラックスできるので本当に驚きます。

意識をすべて、思考と外界に消費しないことです。

どんなときでも、いくらかは、自分の内面を意識しているのです。

ぐるぐる思考や緊張感が続くときに思い出してやってみると、すごくラクになります。もし、「体を内側から感じる」というだけではよくわからないという方は、中野真作さんの本にもっと詳細な「感じ方」が書いてあるのでそちらを読んでみてください。「一番感じやすい両手の先にインナーボディの感覚を感じる」というところからスタートすると、それが特に「スピリチュアル」なことではなくて、ごく身近でリアルな感覚だとわかると思います。今思ったのですが、この体内のピリピリ感を、子供の頃は頻繁に感じていたような気がします。

※ちなみに中野真作さんの本は、「悟りをひらくと…」を、優しく柔らかくしたような本だなあと思います。エックハルトの「硬さ」についていけないと感じたら、読んでみてください。

 

体を内側から感じるという行為にこんなに力があるのは、おそらく本来の意識の働きがこれだからなのでしょう。思考と外界に向かうことは意識本来の仕事ではなく、体が留守になっている状態で、だから私たちは思考と外界に意識を向け続けている限り、不安や焦りの感情(体の反応)から抜け出せないのだと思います。

たとえば、うちの近所のスーパーは笑顔で明るい接客がモットーなのか、レジで笑顔でこちらを見て話しかけてくれるのですが、家にこもっている日などに行くと、こちらもそれなりに明るく応じなければという義務感を覚えるのか少し緊張します(笑)。先日レジに並んだ時に、意識しないレベルの不快感があったのですが、なぜかふとインナーボディのことを思い出しました。すると、ふっと息が漏れたように緊張が消えて体がラクになりました。

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抵抗から許しへ

とはいえ、十年近く前にこの本を初めて読んでインナーボディを感じることを試したときには、まったくぴんとこなかったのです。中野真作さんの本で再会し、初めて効果を実感したというわけです。

同じ章にインナーボディに意識を集中されようとしたら不快になったという相談への解答が載っています。それは「感情のかす」のためだといいます。通常であれば現れては消えていくはずの感情が、意識が向けられないために残り、「マイナスのエネルギーを糧にして生きる」ペインボディになってしまっているというのです。感情を処理するため、まずは感情に意識を向けることが勧められています。それは、

感情について考えることではありません。感情をありのままに受け入れられるように、ひたすら観察し、感じることです。

意識をすべて向けることは、ありのままに受け入れることを意味するからです。

また、受け入れることは、「許す」ことでもあります。

思考が、悲嘆、自己憐憫、憤慨などの感情を強める「愚痴こぼし」パターンを描いてい(る…)なら、何か/誰か を許していないことを意味します。

許すことは「人生に抵抗しないこと」、「人生をあるがままに受けいれ、全身で受けとめて生きること」(…)思考は「許すこと」ができません。許すことができるのは「ほんとうの自分」だけです。

別の箇所でエックハルトはこうも書いています。

いつでも「いま、この瞬間」を「Yes!」と言って、抱きしめるのです。「すでにそうであるもの」に抵抗することほど、無益なことがあるでしょうか? いつでも「いま、この瞬間」である「人生」に逆らうこと以上に、非建設的なことがあるでしょうか? 「あるがまま」に身をゆだねましょう。人生を「Yes!」と言って、無条件に受け入れましょう。そうすれば、向かい風だった人生が、突然追い風に変わっていくのを体験するでしょう。

「そりゃあ『ほんとうの自分』とやらになって許したい、あるがままに受け入れたい。抵抗ををやめたい。でも、それができないからつらいんだよ」と思いますよね。別の箇所でエックハルトはとてもおもしろい、けれど言われてみれば納得のことを言います。それは「思考と抵抗は同意語」だということ。

できることはすべてしなさい。それと同時に、「すでにそうであるもの」を受け入れるのです。思考と抵抗は同意語ですから、事実を受け入れた時点で、思考から解放され、「大いなる存在」と、ひとつにつながることができます。するとエゴは、恐れ、強欲、コントロールなどの、「にせの自分」の防衛と助長ができません。思考よりはるかに偉大な「インテリジェンス」がコントロールの座につき、エゴ的意識とは、まったく別の意識が、行動に反映されるようになります。

だから、

【抵抗をやめること=思考から解放されること=いまにあること=インナーボディを感じること】

これらは全部ひとつのことです。

 

多くの優れた本がそうですが、解放された生のために必要な情報は、ある意味ですべてこの本に書いてあります。「理論的なこと、生についての〈情報〉はもう充分」という方であれば、あとは日々の実践あるのみです。実践することがあまりにもシンプルなので、「まさかそんな簡単なはずはない…」とさえ思ってしまいますが、気楽に実験してみましょう。私もやってみます。

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